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第26話

 週末は湊先生とデートの日だった。僕は意地でその約束を獲得した。 「先生、僕、週末は課題で科学館に行くの」 「でも母は忙しくて付き添えなくて」 「オメガの僕がひとりで出歩くのって怖いです」  ごりごりと押していくと、診察に来ていた湊先生は困った顔をした。僕は内心、拳を握る。これはいける。 「湊先生、付き合ってもらえませんか?」  僕が八歳の頃から湊先生にお願いごとをするときにする、白衣の裾を引っ張る、もした。 「遥くん、」  湊先生から承諾をもらうのは、思っていたよりも簡単だった。  問題は、その課題、否、デートに何を着ていくか、だ。約束の日の前日、僕はクローゼットをひっくり返して、くるくると着せ替え人形になっていた。一体何が最適な服装なのだろう。洋服が二周半した頃、ようやく僕は、クローゼットの中身に大きな変化はなく、大体の洋服は湊先生に一度は見せていることに思い当った。  結局いちばん気に入っているシャツとパンツの組み合わせにした。  何はともあれ、デートの場所と服は決まったことになる。あとはルールとマナーだ。これはスマートフォンで調べても、「あーもう、意味わかんないっ」  投げ出した。  そして迎えたデート当日、僕は朝から全く落ち着かなかった。寝癖を直してみたり、シャツの裾を引っ張ってみたりしている。  インターフォンが鳴って湊先生によって家の鍵が開けられるまで、僕は鏡とクローゼットとリビングのソファーを行ったり来たりしていた。鍵が開いて、「遥くん?」と先生が僕を呼ぶ声にどきりとする。  ぱたぱたと駆け足で玄関に向かう。 「湊先生っ」  玄関には滅多に見ない湊先生の私服姿があった。麻のジャケットを着ていて、似合っている。 「恰好好いい……」と口の中だけで呟いた。自分の恰好が幼く感じてしまう。  湊先生とお出かけというだけなのに、妙に緊張する。湊先生はそんなことないのか、「遥くん?」と小首を傾げている。僕は見慣れた先生の見慣れない私服にどぎまぎした。いつもの白衣がないだけで、こんなに違う。  覚悟を決めた僕はそっと玄関まで出てきて、「今日はよろしくお願いします」と先生にちょこんと頭を下げる。湊先生は「こちらこそよろしくね」とお辞儀を返してきた。 「さ、行こうか」  湊先生に背中を押されて、僕は課題の入った鞄を持って玄関を出た。  相変わらず黒いスマートな車の助手席には誰を乗せているのか、判然としない。  普段いちばん多く座っている人は誰ですか。  訊いてみたけれど、またはぐらかされるのだろうか。いつも僕には少し大きい革の座席で、シートベルトを締める。  

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