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第28話
「湊先生、手、繋ぎたい」
僕の甘えた言葉に湊先生は苦笑した。「どうしたの? 寂しくなっちゃった?」
湊先生はたまに、僕をまだ八歳だと思っている節がある。僕もそれに乗っかるときもあるから、あまり指摘はできないのだけれど。今日も「寂しくなっちゃった?」に「うん」と答えていれば、すぐに手を繋いでもらえたと思う。
けれど僕が欲しいのは、手を繋いだ、という事実じゃない。手は繋ぎたいけれど、それは僕が湊先生を好きだということを知ってもらってからがいいのだ。
「違うよ」
心臓がどきどきと鳴る。こんなに大きく鳴っているのだから、湊先生にも聞こえてもおかしくないくらいだ。
「先生が好きだから」
先生を見上げて、気を抜くと逸れる視線を頑張って合わせる。緊張の所為で声が上擦る。
「僕が、先生と番になりたいから」
湊先生は困ったように僕の頭に手を置いた。
「遥くん、」
きっと、「番になりたい、なんて簡単に言うことじゃないよ」とか言われるのだと思った。僕は先生の言葉を制した。
「そういう好き、なんです」
アルファ性の人は怖いけれど、湊先生だけは昔からずっと怖くなかった。優しくしてくれた。会えた日は幸せだ。多分そんなアルファ性の人にまた会えるなんて、そんなことないと思う。
「オメガ性の僕が、湊先生なら番になりたいと思うくらいの、好きなんです」
この気持ちは、アルファ性の湊先生に通じるだろうか。アルファ性の先生はオメガ性の僕をどう見ているのだろう。
僕はとても対等に扱ってもらっていると思っている。だから好きなのだ。
「遥くん」
湊先生は眉尻を下げて困った顔をした。
「あんまり困らせないでね」
先生は本当に心底困ったという声でそう言いながら、僕の頭から手のひらをどけると、僕の手をとってくれた。
「湊先生っ?」
これは僕の思いは成就した、ととっていいのだろうか。一瞬浮つく僕に、湊先生は「今日だけ、特別、ね」と言う。それも嬉しいけれど、僕はもっと欲しいのだ。
「今日だけ? 明日は?」
背伸びして湊先生を見上げて問う。
「明日は、──どうしようか?」
先生は困り顔だ。きっと心の底から悩んでいる。
「明日も言いに行ったら、手を繋いでくれる?」
僕はちょっと意地悪を言った。僕がこう言ったら本当にするかもしれないことを、湊先生は知っている。湊先生は困った表情のまま、口を開いた。
「じゃあ、明日も言いに来て欲しいな」
そんな顔で言われたら、言いに行きたくなってしまう。
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