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第29話
気付くと僕は湊先生の家のリビングにいた。ソファーに横になっていた。まだ眠いからだを引きずり、半身を起こす。相変わらず生活感の薄い部屋だと思う。
なんで僕はここにいるんだ。
僕の記憶は科学館の帰り、湊先生の車に乗ったところで途切れている。僕はこてん、と首を傾げた。
「ああ、遥くん、起きた?」
丁度湊先生が奥の寝室から姿を現した。麻のジャケットだけ脱いでいる。
「せんせい?」
僕は、今度はもう片方側に首を倒す。ここは湊先生の家だから、湊先生がいるのは驚かない。不思議に思ったのは、「起きた?」という言葉だ。
「遥くんが車の中で寝ちゃってたから、連れて帰ってきちゃった」
先生の言葉にさっと顔が熱くなる。「僕、寝ちゃってたんですかっ?」
失態だ。せっかく一生懸命告白までしたのに、最後の最後でやっぱり子供だと思われたに違いない。
湊先生は僕とちょっとだけ距離をとって、ソファーに座った。そしてからだを起こしかけていた僕の肩を、ぎゅっと下に押した。強引に横にさせられそうになる。けれど僕はそれに従った。僕は湊先生の太ももに、そっと頭を載せる。
「先生?」
でも急にどうしたのだろう。
「遥くんが可愛いから、もうちょっとだけ、このままで、ね?」
枕としては高さがあるし、かたい。全然寝心地はよくないのだけれど、僕は頷く。そうすると湊先生は科学館の中で繋いでいた、僕より大きい手のひらで、僕の額を撫でた。まだ寝起きの僕は、その柔らかな刺激に眠気を催す。
とろんとした目をしていたのか、湊先生は「寝ちゃってもいいよ」と言ってくれる。その言葉に甘えたくなってしまう。
「僕もよく考えてみたけれど、遥くんのことは可愛いと思う」
湊先生の声は低くて、柔らかくて、耳に優しい。うとうととしながら返事をする。
「『可愛い』ですか?」
これでも僕は八歳だった頃から大分経っているのだけれど、湊先生の中では変わらず小さいままなのだろうか。
「可愛いよ、はじめて会ったときからずっと」
湊先生のメタルフレームの眼鏡の奥の目は優しい。
「そう」
ぷくぅと頬を膨らませてみせると、今度は湊先生の指がそれをつつく。先生はちょっとだけ、くす、と笑ったようだった。
「こういうところとか」
そんなことを言われても、僕も困ってしまう。膨らませた頬を徐々に縮ませた。
「僕がアルファ性で、遥くんがオメガ性でよかった、って思えちゃうから、困っちゃうよね」
一緒にいれる言い訳が作れちゃうものね。
つまり、湊先生は何と言いたいんだろうか。僕は重たくなる目蓋の裏で、考える。
「僕の運命の番が遥くんなら、いいのにね」
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