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第30話

 運命の番かどうかは、アルファ性がオメガ性を齧ってみないとわからない。さらに言えば、お互いが死ぬまでわからない。  僕らは常に暗闇の中で手を伸ばして、探している。僕の手を伸ばした先に触れる運命の番が湊先生かどうかなんて、誰にもわからない。でも僕は、湊先生が運命の番ならいいな、と思っている。このかたい革製の首輪にくっきりとついた歯型ではなく、うなじ自体を齧られてもいい。 「僕はね、学生の頃に一度、オメガ性の人を噛もうとしたことがあるんだ」  目蓋は閉じてしまっているけれど、何となく僕には湊先生がどんな顔をしているのか想像がついた。決して笑顔でないことは声からも確かで、きっと目蓋を伏せて眉根を寄せている。 「その人がしていた首輪を無理矢理外させて、僕が運命の番です、って顔でうなじに歯を立てようとした」  そんな僕が、遥くんのうなじを噛む資格はないんだよ。 「だから遥くんは、この首輪を外しちゃだめなんだよ」  湊先生の指が僕の革製の首輪の縁をなぞる。そっと滑る指先はたまに僕の首すじに触れて、くすぐったい。でも身動ぎしたら湊先生は話すのを止めてしまいそうで、僕はじっと我慢をする。 「僕を信じないで。僕も所詮、傲慢なアルファのひとりだから」  湊先生の言葉に「それでも好きなんです」と手を伸ばしたいのに、からだが重たくて言うことを聞かない。そもそもこれは僕が見ている夢かもしれない。湊先生はこんなことを言っていないかもしれない。僕の深層心理が、アルファ性は怖い、と警告しているのかもしれない。早く起きないと、いつの間にか革製の首輪を外されているのかもわからない。 「遥くんが『オメガ性の僕が、湊先生なら番になりたいと思うくらいの、好きなんです』って言ってくれたのは、忘れないよ」  一言一句間違わずに復唱される。改めて聞くと、僕も必死だ。必死で湊先生が好きなのだ。 「僕も遥くんも、遥くん離れと僕離れをしなきゃ、いけないのにね」  中々離れられないね。  湊先生が苦笑する声が聞こえる。それには、「離れなきゃいけないんですか? ずっと一緒にいても、いいと思う」と言いたい。もう僕には、湊先生のいない診察なんて想像できないのだもの。 「遥くん、──、だよ」  丁度深い眠りに落ちかけたときに、先生が何か大事なことを言ったような気がする。聞き逃してしまった。なんと言ったのだろう。 「せんせい?」  思わず呂律の怪しい声で、聞き返してしまう。目蓋はまだ開かない。それなのに湊先生は僕の目を塞ぐように、目元を手のひらで覆っているようだ。そうして「しぃ」と言いながら、僕の口元に長い指を押し当てた。 「遥くん、いい子だから、もう少し寝ていて」 「起きたら帰らなきゃいけないから」と言われて、僕は大人しく湊先生の言う通りにする。不思議と眠りは徐々に深くなっていく。僕はあっという間に深い眠りについた。そこで僕は、「僕の運命の番は湊先生です」と泣いている湊先生に告げる夢を見た。   

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