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第31話

 パキ、とシートから最後の白い錠剤を取り出す。オメガ性のための抑制剤だ。その一錠を口の中に放り込むと、僕は水と一緒に飲み込む。未だにあまり発達しないのど仏が上下するけれど、これは革製の首輪をしているので他人には見えない。ただちょっとのどの皮膚と首輪の内側が擦れるだけだ。  今回は一ヶ月分のシートを飲みきった。空になったシートをごみ箱に捨てる。今月はひと月ヒートが来なかった。前回のヒートから数えて今日で丁度五十日目だ。このままヒートがコントロールできるようになればいい。湊先生もそうなると言っていた。 「薬はちゃんと飲んだの?」  母が尋ねてくる。それには「飲んだよ」と答えた。  ヒートが来るようになってから、もっと言えばオメガ性が判明したときから、母は僕に対してとても神経質になった。家計を圧迫しているはずの、いちばん最近認可の下りた抑制剤も使わせてもらっている。だから大事にされているのだろう。  学校を辞めさせられるオメガ性もいる、と聞いたので、むしろ僕は幸福な部類にいるのかもしれない。湊先生も母も、僕から教育も遊びも外出も奪わない。  そういうわけで、明日僕は同じクラスのオメガ性の友人の家に泊まりに行く。  友人は僕と同じで、よく言えば華奢、悪く言えば発育が遅い。声もベータ性のクラスメイトと比較して、低くない。ふたり並んでいると、ひとつ、ふたつ、実年齢より幼く見えるんじゃないだろうか。 「ねえ、清水は好きな人、いるの?」  その幼く感じる声で、尋ねられる。僕らは明かりを消した部屋の中で、頭からシーツを被ってそんな話をはじめた。  僕は小声で答える。「いるよ」 「どんな人?」  僕に合わせて、友人も声のボリュームを下げた。 「んー、内緒」  別に湊先生だと言ってもよかったのだけれど、僕ははぐらかした。クラスメイトたちといる自分と、湊先生に甘える自分は別物だと、線引きしたい僕がいるのだと思う。  友人も話の主眼はそこではないらしい。 「ひ、ヒートのとき、その人とするってこと?」 「する」って何を? と訊き返す程、僕は幼くなかった。言葉の意味を正確に把握した僕は、かぁぁ、と頬を赤く染めた。これでは、そうです、と言っているようなものだ。友人も僕の態度からその意図を正確に推測したようだ。 「どんな感じっ?」  どんな、と言われても、満たされない下腹部の切なさと虚無感と、満たされたときの浅ましいくらいの満足感がぐちゃぐちゃになっていて、不快だった、としか言えない。湊先生との相性の話をされているのなら、よくわからない、多分いい、というのが本音だ。なんせ、僕は比較対象を持っていない。 「気持ちいい、の?」  友人の訊きたいことがわかった。ヒートのときは、下腹部がずくずくと疼き、心にぽっかりと穴が空いたようで、本当につらいのだ。 「次のヒートの時期が待ち遠しいとは、思わないよ」  僕の答えに、「そっかあ」と友人は肩を落とした。  

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