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第33話

 乱暴に玄関扉を開けると、僕は家の中に転がり込んだ。もう一歩も動きたくない。その上運の悪いことに、母は休日出勤だ。だから知らない誰かが押し入ってくる想像は怖く、施錠だけは済ませた。スマートフォンはまだコール音を鳴らしている。 「湊先生ぇ……」  着信に気付いていないのだろうか。玄関の天井をぼんやりと眺めながら名前を呼ぶと、下腹部がきゅぅと疼く。その刺激に立っているのもつらくて、その場にずるずると座り込んだ。冷たい玄関の床が火照ったからだに気持ちいい。  からだはどんどん重たくなる。お腹は切なくなってくる。湊先生のことで頭がいっぱいになる。  先生、ぎゅっとして。  この間繋いでくれた手を思い出す。僕より大きくて、温かな手のひらだ。あの手で抱きしめて欲しい。「よく頑張ったね」と頭を撫でて欲しい。そんなことを思うと、また下腹部が疼いた。  ふと意識を向けると、スマートフォンのコール音が止まっている。慌ててスマートフォンを耳にあてた。 「もしもし?」  このスマートフォンの先には湊先生がいるのだろうか。それとも切られただけか。 「もしもし、遥くん?」  果たして、通話先の声は、いつもの柔らかな湊先生の声だった。それだけで安堵の溜め息が出る。からだのちからが抜ける。僕はゆっくりと床に横になった。 「湊先生、ヒートなの」  声は無意識に、先生に甘えるようなものになる。 「遥くん、今どこにいるの?」  対する湊先生は緊張を押し殺したような声に変わった。 「今、家。ねえ、せんせい、ぎゅっとして」  僕は湊先生に甘えたい。上手く呂律の回らない舌で、お願いをする。多分僕はどれだけ断られても、懲りずに同じお願いをすると思う。きっとヒート中で脳まで火照っているからだ。だめなことがわからなくなっている。  とにかく今は湊先生の声が聴けて、ちょっとだけ満たされた。さっき強引に動かした倦怠感のあるからだは、休息を訴えている。目蓋がゆっくりと下りていく。  とろとろとした、浅い眠りと覚醒の間を僕は何度も行き来していた。そうしていてどれくらい経っただろうか。玄関の鍵の開く音がした。母が戻ってきたのだろうか。確認したいけれど、目蓋は重たかった。  玄関扉の開く気配がする。 「遥くん?」  湊先生の声だ。予想外だ。アルファ性の湊先生がヒート中の僕のところに来てくれるなんて、都合のいい夢みたいだ。 「みなとせんせい」  僕のからだはかたい床から掬い上げられた。代わりに温かな体温と、湊先生のにおいが強くする。 「遥くん、よく頑張ったね」  大きな手のひらが僕の頭を撫でてくれた。   

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