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第9話
「結城くん、何か嫌のことあった?」
小休憩のチャイムが鳴った直後、晴人が背もたれに全体重を預け目頭を揉んでいると、隣の席の久我がこちらを覗き込むように声をかけてきた。久我は晴人が新入社員の時の教育係で、今では直属の上司だ。
どうやら週末に溜まったストレスを発散出来ないまま月曜日を迎えてしまった晴人が、無意識のうちにキーボードを叩く手に鬱憤を乗せていたので、気になったらしい。
「週末、会いたくない人たちとのエンカウント率がやたら高くて……」
「複数形……」
「複数形です」
「……それは、災難だったね。疲れてる時は甘いもの摂るといいよ。俺のオススメのココアだよ」
久我はデスクの引き出しから赤いパッケージのインスタントココアのスティック2本を取り出し、1本は晴人に差し出した。
顔の印象とは似合わず甘党な久我のデスクにはお菓子やココアが常備されているという噂は本当だったのかと関心にも似た感想を抱きつつ、晴人はスティックを受け取る。
「ありがとうございます。久我さんも飲みますよね? 久我さんの分もお湯入れてきますよ」
晴人がそう言うと、久我は「いいの? 悪いね」と言って小鳥の柄のマグカップにココアの粉を入れて手渡す。
給湯室は冷房が効いていないので、入った瞬間生暖かい空気に包まれた。
この時期でも、温かい飲み物を飲みたい社員は一定数いるようで、電気ポットには常にお湯が用意されている。
ココアを持ってデスクに戻ると久我が小洒落たトレーにお菓子を乗せているところだった。
近くを通る女性社員にもおすそ分けをしている。 ああいうさり気ないコミュニケーションが人気の秘訣なのだろう。
彼女たちが離れそうなタイミングを見計らい、晴人は自分のデスクに戻った。
「ああ、結城くん。ありがとうね。お菓子も用意したから一緒に食べよう」
トレーにはスーパーやコンビニで買えるお菓子がこんもりと盛られている。
「いただきます」
晴人は、青いパッケージを手に取った。クリームがココアクッキーに挟まれてるやつである。
「これって、個包装タイプのやつあったんですね。子供の頃、全部食べきれなくて、半分くらい湿気らせてた記憶しかないです」
「個包装のやつが出たのは最近じゃないかな? 僕がそれを初めて見たのは去年くらいだったと思う。レジ横のカゴに積まれてて思わず買っちゃった。食べ切りサイズって嬉しいよね。人気があったのか、会社の近くの〇〇マートでも定番でおいてあったよ」
「たまに無性に食べたくなるんですよね。通常パッケージだとなかなか手が出ないですけど、これならちょうどいいですね。帰りに買ってこうかな……」
「いいねぇ。それより、俺でよければむしゃくしゃしてる話聞くけど……」
「そんな! 久我さんに聞いてもらうほど大層な話じゃないですよ」
「結城くんが話したくないっていうなら、無理には聞き出すことはしないよ。でも、話すことで楽になるなら、話ぐらい聞くよ」
久我の言葉に甘えて、晴人は週末の出来事を掻い摘んで話すことにした。
晴人が同性愛者であることを久我は知っているが、あえて社内でカミングアウトするようなことでもないので関係性はある程度ぼかす。
「実はですね、土曜日に大学時代の後輩に誘われて飲みに行ったんですよ。その帰りに、元恋人と遭遇しちゃって……」
「その人って、高校時代に付き合ってたっていう?」
「そうです。まぁ、それだけなら、俺もここまでやさぐれないですけどね」
「たちって言ってたのはもしかして……」
「はい、その元恋人の浮気相手、今は結婚したらしいですけどその人もその場に登場」
「絵に描いたような修羅場だね」
「しかも、その浮気相手がその時一緒にいた大学時代のサークルの後輩の兄弟だったっていう事実が発覚して……」
「胃に穴が空きそうなシュチュエーションだ」
「さらに昨日は、元恋人の浮気相手と近所のスーパーで遭遇しました」
「災難続きだね。今年って厄年だったりしない?」
久我の冗談まじりの言葉に、晴人は「はは。まさか」と乾いた笑いで返して、何気なく目の前のパソコンで男性の厄年を調べる。
『男性は数え年で25歳、42歳、61歳が厄年です。』
「結城くん、今年何歳になる年?」
「誕生日が来たら25歳です」
「今年は本厄みたいだね……」
晴人が、閉口すると久我はお菓子の盛られたトレーを晴人のデスクにそっと移動させた。
「それ、食べて元気出して。今夜は定時で上がって飲みに行こう」
久我の提案に晴人が蚊の鳴くような声で「お気遣いありがとうございます」と返した。
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