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第1章ー第8話 お前、おれが嫌いだろう?
「それより――」
「なに?」
田口の言葉に、ハンドルを握っている保住は目を瞬かせた。
「自然な流れで係長に運転していただいていますが、すみません。また。運転させてしまいました。——まったくダメ部下です」
「また、その話題?」
保住は笑い、そして続ける。
「行き先、お前に言ってないし。運転されても困る」
「どうして行き先を教えてくれないんですか。確かにおれは、徒歩で通勤していますが、運転が苦手なわけではないんですからね」
「そうきたか! おれのこと、信用してもらえないんですか的な卑屈発言」
「では、どういう意図があるのですか?」
からかわれているみたいで面白くない。上司に減らず口を叩くタイプではないはずなのに。保住といると、ガードが緩くなってしまう。あの緩い感じに自分もされてしまうのが怖かった。いつもの自分みたいじゃないみたいだからだ。
「え? おれが運転好きなだけ」
「係長!」
「怒るなよ。本当のことなのに……」
田口は黙り込んだ。この一か月、とても騒がしくて、心が落ち着かない。入庁して初めての事ばかり。いつも同じことが心の安寧をくれると、信じているのに、保住といるとそんなぺースが乱されてばかりだった。着いて行こうとすればするほど、精神的に疲弊していく気がする。
「お前、おれが嫌いだろう?」
言葉に動きが止まる田口を見て、「多分、図星」と保住は思ったようだ。面白そうに笑った。
「ち、違います」
「あー、やっぱり図星!」
「な、なんでそんなことを言うのですか」
「だって、すっごく嫌そうな顔ばかりだ」
「そうでしょうか」
感情が表情に出ない男。ずっと欠点だと思っていた。なにを考えているかわからないと、よく言われていたからだ。しかし社会人になると、それは長所でもあると気がついた。嫌な人と話をしても無表情でいられるということはなかなか便利だったのだ。市役所で使いこなしていたはずなのに。
――なぜ、わかるのだ。
雰囲気でわかると言っていた。
――怖い。
ある意味、感情を読まれないというのは、田口にとったら他人との境界線――言わばセーフティ機能である。
――もしかしたら、係長以外の人にも自分の感情はダダ漏れなのだろうか? おれ一人、気が付かなかっただけなのか? ……怖い。
田口は黙り込んだ。そんな彼を横目に見ていた保住は苦笑した。
「そんな不安そうな顔をするな。お前の気持ち、分かる人間はそうそういないぞ。安心しろ」
「係長」
「すまない、立ち入った話だったな」
「いいえ」
――上司の前でいい部下を取り繕えないなんてお粗末だ。
田口は落ち込んでいた。
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