24 / 242

第2章ー第24話 都会猫の背負うもの

「ここは、半角スペース。そして、ここは上と合わせて」 「はい」 「お手紙ではない。こういった文言は削除。あくまで企画書だ」 「そっか。確かに」  それから十五分。企画書の書き方を指導されて、なんとなく先が見えてくる。 「直してみます」 「あと、内容も再考すること」 「不十分ですか?」 「そうではない。考えることを止めたら終わりだ。提出するギリギリまで再考は重ねること」 「了解です」  大きく頷く田口を見て保住も満足したように笑顔を見せた。  ――だけど……。 「係長。顔色悪いですよ」 「そうか? あんまり寝ていない」 「そうなんですか?」 「二日酔いってやつだな」 「局長と飲みにいかれたんですか?」  余計なことを言うタイプではないのに、聞かずにはいられない。ずっと気にしていたことだからだ。田口の言葉に保住は目を瞬かせた。 「よくわかったな」 「渡辺さんたちに聞きました」 「そうか。また悪いことでも吹き込まれたのか?」 「悪いことって……」 「澤井の秘蔵っ子とか」  そういう言い方ならまだいい。職場内不倫とかって言われていたけど。田口は黙り込む。 「澤井には、昔からちょっかいをかけられていた。それが気に食わないし、一言文句を言いたくて誘いに乗ったが。最悪だ。酒は弱いほうではないが、悪い酒は後々尾を引く」 「悪い酒……」  彼は手を止めて田口を見る。 「おれの父は、同じ市役所職員だった」 「え?」  ――突然の話題転換? しかも、過去形?  保住の意図がわからないので、田口は黙った。 「父は死んだんだ。病気で」 「そうだったんですね」 「別に、父の跡を追うつもりはなかったんだが。あの人は、家庭を全く顧みない人だった。仕事、仕事、仕事。休みの日も仕事。しまいには、自宅にまで後輩や同僚が集まってきて、父を囲んでいた。一体なにがこの人を魅了しているのか――。父の仕事とはなんなのだ。そんな思いを抱いていた。見てみたかったと言ったらそうなのだろう。  おれが就職をする頃に、父が死んだ。妹は、高校に入るころで、母一人では生活も大変そうだった。おれの母は、全くの専業主婦で、奥様付き合いはお得意な人だったが、なにせ社会に出て稼ぐってことをしたことがない人だ。頼りないものだったな」 「それで」 「そうだ。広範囲な転勤もなくて安定している仕事。結局は、そういう理由もあってこの仕事に就いた」 「あの」 「なんだ」 「係長は東大卒業だと聞きましたが」 「そうだけど」  保住は、あっさりと答える。    ――噂だって言っていたのに。聞いたら答えるじゃない。    田口はなんだか笑ってしまった。 「なぜ笑う」 「いえ。みなさんが噂だって言っていましたから、聞きにくいことなのかなって思っていたんですけど」 「別に。逆に恥ずかしくて言えないな。地方公務員が悪いとは言わないが、周囲に猛烈に反対されたのは、言うまでもない」 「本当です。係長の経歴だったら国への道も普通にあり得ますよ」 「そうでもない。そんなにできた人間ではないのだ。落ちこぼれだ」 「そうでしょうか」  東大で落ちこぼれだって、この辺ではトップクラスだ。保住よりできる人間は確かにいるのかもしれないが、田口からしたら、すごい能力の人だと思うのだ。 「ここに入庁してきた時から、父の影響はおれに大きくあった」 「そんな事あるんですか?」 「田口は、まだ理解していないかもしれないが、役所内には派閥があるようだ。おれも知らなかったが、父は父なりに必死に仕事をしてきた結果、支持してくれている人がたくさんいたようだ。父を支持していた派閥は、頭を失って衰退していたようだ。そこにおれが入ってきた」 「好機ですよね。係長を祭り上げれば派閥が息を吹き返す」 「そう言うことだな」 「いい迷惑ですね。係長。そう言うの嫌いじゃないですか?」 「よくわかるな。その通り」 「でも、派閥があるってことは相反する勢力もあるってことですよね」  保住は苦笑する。 「昨日、澤井からその話を聞かされた」 「局長から? ……あ」  澤井の年齢は確か保住の父親世代だろう。 「澤井は、父と同期だった。そして、父とは対立する派閥のトップだ」 「それで……」  それで。保住が嫌いなのか? ――いや。嫌いなのだろうか?  ――あの人。  保住を見る目は、見たこともないくらい優しい感じだと思うが。 「目をつけられていたのはそういう理由かと思ったら不愉快だ。おれは、おれなのに。父とは関係ないのだ。おれは、あの人が嫌いだ」 「お父さんですか?」 「そうだ」  保住は、じっとしている。彼の中には、彼にしか理解できない様々な思いがあるのだろう。田口には理解できない。だが保住が、とても辛そうにしているのはよくわかった。 「すみません。おれ。気の利いた言葉をかけることができません」  田口の戸惑いを感じ取ったのか、保住は笑った。

ともだちにシェアしよう!