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第2章ー第33話 親衛隊の初司令
矢部の拘束から解放されるため、顔を思いっきり引っ張って後ろに仰反る。
「ち、はずれた」
矢部の手が離れると、田口は三人を見た。
「おれは嫌いでした。確かに係長が嫌いでした」
「でした?」
田口の言葉に、渡辺は目を瞬かせていた。
「おれの人生で、こんなふざけた人、見たことがなくて。受け入れられませんでした」
「お前」
「言い過ぎ」
「いや、そうかも」
三人は笑い出して、田口の意見に賛同とばかりに勝手はことを言い始めた。
「確かにな。ネクタイなんかちゃんとしないし」
「局長には食って掛かるし」
「いつも眠そうで、仕事する時、だるそうだもんな」
「そうでしょう? そう思いますよ。普通」
――だけど。
「仕事には真摯に向き合うって人だってことも理解しました」
――それに。
「こんな落ちこぼれのおれに、とことん付き合ってくれるし」
――本当は。
「この部署の、こういう雰囲気が馴染めなかったのは、こういう雰囲気のところにいたことがないから」
居心地が悪かったのだ。最初は……。
――だけど、今は。
「でも、今は係長が作るこの雰囲気は好きだし、なんだか暖かくて心地がいい。それに」
「それに?」
「おれも、もっと上を目指したい。確かに十点しか取れない奴だけど、そんな自分を大きく見せたってなんにもならないことも分かりました。プライドばっかりでは仕事ができない。だから、おれもちゃんと仕事ができる男になりたいと思ったんです。そして、そう思わせてくれた係長が」
「係長が?」
「……好きです」
「おお!」
――口に出してしまった! なんてこと。
田口は、はっとして口元を抑えるが遅い。三人は目を輝かせて拍手をする。
「え?」
「おめでとう」
「お前も今日から同志だ」
渡辺に肩を叩かれる。
「市役所はやっかみや嫉妬の温床だ。こんなところで生き抜くには、並大抵のことではない」
「だからこそ。おれたちは、係長に守られている分、係長を支える同志としてここにあるのだ」
矢部の話はなんだか、壮大な話に聞こえる。アニメの見過ぎだろうな。きっと。だが、アニメイトでもない二人も真面目な顔をして頷いているのだ。どうやら、真面目な話らしかった。
「今日からお前も同志の一員だ。心して働け」
「は、はい」
渡辺はにっこり笑って、それから田口の肩を叩く。
「それでは第一の指令を言い渡そう」
「はい!」
「今晩、お前が係長の面倒をみろ」
「へ?」
三人はにこっと笑うと、立ち上がる。
「会計は済ませといてやるから。あとよろしく」
「お疲れ」
「また明日な」
ぞろぞろと掘りごたつ式の座敷から立ち上がり、襖を開けて出て行く三人を見送って、田口はポカンとしていた。
「あ、あの。ちょっと……」
こんな騒ぎなのに。一つも起きる気配のない保住と田口は取り残された。
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