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第2章ー第34話 新たな一歩
結局。
「なんだか騙された気がする……」
そうぶつぶつ文句を言いながら、保住をおんぶして夜道を歩いた。
――軽い。
それがおんぶをしての印象。
「もう、本当に筋肉ゼロなんじゃないのか?」
酔いのせいなのか。寝ているせいなのか。保住は温かい。
「赤ちゃんみたいだ」
先日、二番目の兄の子供を抱いた。まだ生まれて数か月だそうだ。すやすや寝ている赤ちゃんは温かくて柔らかかった。こっちは柔らかくはないけど、それでも温かい。
市役所にきて、一気に騒然とした田口の私生活。これからのどうなっていくのだろうか。
期待と不安。不安のほうが大きいけど、今日踏み出した一歩は、田口にとったらものすごい一歩。
――文化課振興係でやっていけそう。
そう思える夜だった。
***
「ここはどこだ?!」
大きな独り言に起こされたのは、早朝の五時。田口は、びっくりして跳ね起きたせいで、ソファから転げ落ちた。
「おれの家です……、おれの家」
そう呟きながら寝室を覗く。彼は半分寝ぼけているのか、ベッドの上に座ったままだ。
「おはようございます。係長」
田口の声に反応して彼は目を見開いた。
「なぜお前が?」
「ここはおれの家です。昨日、おれの歓迎会の時に寝てしまって。渡辺さんたちに言われたので連れ帰りました」
記憶を辿ろうとしているのか。保住は目を細めて黙り込むが、思い出せないようで、諦めた顔をした。
「すまない。覚えていない」
「でしょうね。おんぶして連れてきても、全く起きませんでした」
「おんぶ!?」
保住は苦笑した。
「それはそれは。ものすごく迷惑をかけたな」
「いえ。係長って軽いですから。なんてことないです」
目の下にクマが出来ている顔を抑えて保住は、ため息だ。
「またやらかしたのか……」
「また?」
「飲みに行くと寝るか、記憶がないか、知らない人間の家で目覚めることが多々ある」
「係長……」
――どれだけ私生活もだらしがないのか。
田口はため息だ。
「隙だらけだからですよ」
「そうだろうか。これでも自分なりに警戒しているつもりだが」
「どこがですか……それよりも、もう少しゆっくり寝かせてくださいよ。昨日は係長を背負ってきて、いろいろして、寝たのが二時です」
「すまない」
「いいえ。……あの。風呂場とか使うならどうぞ」
「そうか。すまない」
彼は瞳の色を濃くする。活動を始める気らしい。そうなると、自分だけ寝ているわけにはいかないだろう。田口は苦笑いだ。
――この人には振り回されっぱなし。いいじゃない。一日や二日寝不足でも。今日、頑張れば明日は休みだ。明日は、ゆっくりしよう。
「タオル出しますよ。着替えありませんね。下着は新しいのあるかな?」
「いや。この時間なら自分の家に帰れるな」
「それはそうですけど」
「すまなかったな。田口」
自宅に帰ると判断をした保住は早い。さっさとベッドから抜け出すと、側にあった自分の荷物を抱えた。
「お前の家が、どこだかわからない」
「そうでしょうね。送りますよ」
「車あるのか?」
「ありますよ。おれだって」
「車もないから、徒歩通勤なのかと」
「一応はあるんです。徒歩は好きだからです」
寝ぐせだらけの頭を撫でてから、田口は着替えをしに自室に戻った。
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