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第3章ー第41話 クズが

 あれから一週間がたった。結局、一度断られた面会にはタイミングがよくわからず、行けず仕舞いだった。 「アイタタタ……」  渡辺はお腹を抑えながら、書類を抱えて帰ってくる。 「大丈夫ですか? 渡辺さん」  谷口が心配そうに声をかけた。 「キツイ……胃がやられてきた。おれには無理だ……局長の面倒をみるのは」 「おれでも無理ですよ」  矢部も「同感」と頷いた。 「一生、(ひら)がいい!」  渡辺はそう叫んだ。正直、彼の本音だろう。 「早く帰ってきて、係長!」  みんな泣きそうだった。この一週間で振興係は疲弊している。係長代理の渡辺は胃を壊し、矢部はストレスで不眠らしい。谷口も食欲がなく、ますます痩せている。  田口も然りだ。眠れないし、仕事への集中力もない。ここにくる前の自分に戻ってしまったようだ。彼一人抜けただけでこの(ざま)か。保住の影響力は、計り知れない。  明後日の金曜日に夏休み休暇をもらって、週末と合わせて二泊三日で実家に帰るつもりだったが。とてもそんな気分にもなれなかった。こんな調子では、効率も悪い。  保住が戻ってきても、がっかりさせるだけだし、仕事がたくさん残っていて負担をかけさせるだけだ。田口は大きく頷いてみんなを見渡した。 「もう少しですよ。頑張りましょうよ。このままでは、係長が戻っても大変になるだけですよ」 「田口」 「一週間たって、へこたれてきているのはおれも同じです。全く使い物にならなくてすみません。こんなおれが偉そうに言えることではありませんが」 「わかっているけど……」  先の見えないトンネルみたいで、頑張れないのだ。 「おれ、局長に聞いてきます」 「え?!」 「係長の容態とか、退院の目処がどうなっているのかとか」 「嘘だろ?」 「行ってきます」  保住の容体は佐久間でも把握していない。なら澤井に聞くしかない。ほかに術がないからだ。 「田口!」 「やめておけ!」 「減給だぞ」  止めるみんなを振り切って、田口は事務所を出ると澤井の部屋をノックした。 「誰だ」 「田口です。お話があります」  ――門前払いか?  そう思ったが、澤井はあっさりと通してくれた。 「入れ」 「ありがとうございます」  中に入ると、いつもと打って変わって、彼の机の上には書類が山積みだった。珍しいことだった。いつもはもっと整然とされている局長室なのに。 「くそっ、意味がわからんな。こんな書類作りやがって、クズがっ」  彼は文句を吐くと、田口を手招きする。 「おい、お前。この企画書を説明しろ」 「え?! は、はい」  駆け寄る。澤井が「クズ」呼ばわりしている企画書は、矢部が書いて、渡辺が提出したものだった。内容を聞いていてよかった。田口の説明に、澤井はじっと目を閉じて黙っていたが、ふと声を上げた。 「なんだ、そんな話か。じゃあそう書けよ! 馬鹿者。返却。書き直し」 「すみません」 「お前のではないのだろう。自分のことではないところで謝罪するのは、なんの意味もない無駄なことだ。やめろ」 「はい……」  澤井は頭をかいた。 「通訳がおらんと、こうも仕事が滞るものか……」 「通訳……」  田口が呟くと、澤井はそこで初めて田口を見る。 「で、なんだ。お前」 「振興係の田口です」 「そんなものは、わかっている。なんの用だ」 「仕事とは関係ないのかもしれないですが……」 「グズグズ言うのは嫌いだ。要点を言え」  澤井は真っ直ぐに田口を見た。 「係長の容態が知りたいのです。局長ならご承知なのではないかと」  ――そんなこと教えてくれないんじゃないか?  しかし澤井はあっさりと答えてくれる。 「明日退院だ」 「本当ですか?」 「嘘を言っても仕方あるまい。今回はやっと戻ってきた感じだな。一週間は自宅療養を言いつけたが、多分、来週から出てきてしまうだろうな」  保住らしい。 「今回ばかりは、ダメージが大きい。復帰してもお前がきちんと管理してやれ」 「おれですか?」 「他のやつよりは使えそうだ。体型からしてスポーツをしてきたのか。自分の体の管理の術くらい心得ているだろう?」 「剣道をやってきましたので、多少は……」

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