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第3章ー第42話 閻魔大王の頼み
「なかなかいい選択だ。あいつは全く体の管理には無頓着で知識もない。教えてやれ。おれは部屋が別だし、四六時中見張ってるわけにも行かん」
「局長」
「それから、保住がいない間、お前が資料の説明に来い」
「え!?」
――冗談だろ?
田口は背中に嫌な汗が流れていくのを感じる。
「どうやら、お前たちとおれの言語はかけ離れているらしい。今まで気が付かなかったたが、保住の通訳があって初めて理解できる。あいつほどではないが、お前の説明もなかなか理解できそうだ。文章の意味が理解できないなんて、業務に支障を来す」
――そう言う事か。
保住フィルターを通ることで、簡潔に端的に整理された書類が澤井の所に上がる。
そのお陰で、澤井の仕事は滞りなく進んでいたようだ。それが一週間がたち、綻びが出ているのだ。その保住の役割を代行しろと言うのだから、無理すぎる。
「わかりました。しかし、金曜日は夏休み休暇をいただいております」
「こんな忙しい時に」
「すみません。迷ったのですが、実家で色々とあるものですから」
澤井は、ふんと鼻を鳴らす。
「休みの理由など問うつもりはない。タイミングの話だ」
田口は「すみません」と頭を下げる。
「仕事に戻れ」
「失礼いたします」
いらぬ仕事は増えたが、保住の状況はわかった。目的は果たしたから、少しでも早くこの部屋を出たい。そう思ってドアノブに手をかけると、澤井から声がかかった。
「お前の故郷はどこだ?」
唐突な質問に田口は振り返った。
「えっと。雪割町です」
「高速で一時間か。米どころだな。――農家か?」
「はい。昔ながらの農家です」
自分のプライベートに興味があるようには見えない。澤井の真意がわからず、戸惑いながら答えた。
「お前に頼みがある」
「はい?」
澤井は真面目な顔で田口を見ていた。
***
澤井との邂逅を終え、田口は事務所に戻った。みんなは田口を心配していたようで、彼の姿を認めると安堵の表情を浮かべた。田口は澤井から聞いた保住の様子を伝えた。
「係長。明日、退院だそうです」
田口の声に、一同は喜びの声を上げた。
「うおおお」
「それはよかった!」
水を差すようで悪いな……と思いつつ、田口は付け加えた。
「一週間は自宅療養予定だそうですが、」
「だけど、係長のことだから」
「きっと」
「来ますよね?!」
みんなは、同じことを考えていたらしい。
「それじゃ、必死に仕事しないとやばい!」
「間に合わないぞ」
「あの、後」
「え?」
言いにくそうに、田口は付け加えた。
「書類の説明におれが来いと言われました」
三人は気の毒そうに田口を見る。
「お前」
「きっと閻魔大王の逆鱗に触れたんだ」
「係長がいないから、いじる相手いないからな」
「生贄だな」
「……すみません」
盛り上がった部署は一気に寂しげな雰囲気に盛り下がった。
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