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第3章ー第44話 託されたもの

 しかし保住は、大して気にもしないようで田口を見た。 「あれは妹だ」 「え?!」  確かに、以前話した時に、妹という人が出て来た気がする。 「似ていないだろう」 「いえ……似ていますよ」 「そうか?」  保住は首を傾げた。 「――それより。澤井の話って?」  仕事? と保住はワクワクしているのか、目を輝かせた。  ――仕事好きめ。  田口は苦笑するしかない。保住は保住だ。変わりがない。一週間会わなくて、戸惑うかな? なんて思ったが、違和感なくこうしてまた、話せるのは嬉しかった。 「明日退院じゃないですか」 「そうだ」 「一週間の休養は、聞いていますか?」 「休めと言われたが、そうも行くまい。明日、退院したら、金曜日から出る」  ――きた。  澤井の読み通りの回答だ。 「そう言うと思いました。局長の読み通りです」 「なんだ田口は、随分と澤井と仲良くなったものだな」 「仲良くはありません。多分、あなたがそう言うだろうから、しばらく自分が面倒をみるようにと言われました」 「面倒なんて、みてもらわなくても結構だ」 「いえ。百歩譲って来週月曜からの出勤は認めるそうです」  田口は続ける。 「その代わり、おれ金曜日から夏休み休暇なので、その間は仕事に触れないように、しっかり休ませろと言われました」 「澤井の奴め。余計なことを……」  保住はめんどくさそうに顔をしかめるが、田口はどちらかといえば、今回は澤井の意見に賛成だった。 「月曜から出られるんですから、そのくらいは言うことを聞いてください」 「言うこと聞けと言われても」 「係長」  田口は真面目な顔をして保住を見る。 「おれの実家にいきませんか?」 「へ?」  瞬きをしている保住だが、田口は真面目な顔だった。冗談ではないということ。 「局長からの提案です」 『雪割は米どころで平野。雪国だから夏は梅沢より快適に過ごせるのだろう? 農家で家が広く余裕があるなら、この週末は保住を連れて行け。そこで休ませろ。実家で面倒をみると親御さんが話していたが、あいつのことだ。梅沢にいる限り、仕事をし始めるに決まっている』  澤井はそう言った。 『月曜からの出勤は目を瞑ってやるから、週末は必ず休ませろ。梅沢から離せ』  昼間の邂逅を思い出す。内心、自分も賛成だ。だから、こうして提案できるのだろうが。保住からしたら寝耳に水だろう。 「しかし……」 「気を使うようなところではありません。農家だし。家は広いんです。部屋から出ることはありませんし、体を休められると思います」 「面白い提案じゃない」  珍しく戸惑っている保住より先に、廊下から顔を出した妹が口を挟む。 「みのり」 「いいじゃない、お兄ちゃん。家に来たって仕事仕事じゃ休まらないし。雪割って空気も綺麗そうだし。リフレッシュ大事よね」 「そう簡単な話じゃ……弱ったな」 「決まりです。明日、退院したら。そのまま行きましょう」 「田口」 「たまにはいいじゃないですか」  決め兼ねている保住。仕事のことだと判断が早いのに。自分のことは、からきし決められないようだ。 「澤井のおじさまが、そう言うなら従ってみたらいいじゃない。私も行きたいくらい」  みのりが口を挟む。兄の性格は心得ていると言うことだろう。しかし「澤井のおじさま」という表現が腑に落ちなかった。みのりは、澤井を知っているような口ぶりだからだ。 「しかし」  迷惑はかけられない、と保住の目は言っている。彼の声に、田口は我に返ってから意識を戻した。 「いいえ。逆に来ていただかないと。局長にどやされて困ります」  田口の言葉に、保住はため息を吐いた。 「わかった。今回ばかりは澤井にも田口にも世話になりっぱなしだな」 「良かった。よろしくお願いします」 「こちらこそ、どうぞよろしく」 「兄をよろしくお願いします」  三人はお互いに頭を下げて、なんだか妙におかしくて笑ってしまった。

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