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第4章ー第47話 田口家
午後七時を過ぎて、やっと日が落ちてきたようだ。田舎の夕暮れは寂しいものだ。人の通りのない外を眺めていると、兄の金臣 たちが帰ってきた。
「銀太。帰ってきたのが」
「おかえり」
「で? お客さんは?」
彼も母親同様に興味津々の様子だった。金臣 は、母親に似ている。
大柄な割に、少し太っていて人柄の良さそうな笑顔。彼は地元の農業協同組合に務めている、今年三十八歳。年が離れている一番上の兄だ。どんな部署にいるのか詳しいことは聞いていないが、課長の席に座っているとのことだ。
彼の本業は農協だが、稼業を手伝ったり、父親の政治活動の手伝いもしている。
活発で社交的、面倒見もよく、田口のことを心配してマメに電話をくれる兄だ。
その大柄な兄の後ろから、茶髪のボブヘアの痩せている女性が顔を出した。妻の真樹だ。
金臣とは、大学時代に知り合ったようだ。結婚をして、地元にある農業試験場に勤務していた。彼女もまた、面倒見がいいのは確かだが、金臣 とはまた違ったタイプで、さばさばしている女性だった。
「銀ちゃん、で? 都会のおじさんは?」
台所から料理を運んできた母親が口を挟む。
「それが、おじさんじゃながったのよ」
「え?」
「銀太とそう年の変わらない、可愛い男の子」
男の子って年でもないのだが……。
「ええ!? 剥げてるおじさんじゃないの? やだ。どうしよう。おじさんでも緊張しちゃうのに、そんな若い人だったなんて」
こんな調子だから、母親の咲良 とは気が合わない。いや同じようなタイプだからこそ、ぶつかるのだ、と田口は見ている。
嫁姑問題は、田口家でも当然に起こっていることだ。母親と嫁のやりとりを眺めていると、大騒ぎになっている大人たちを冷ややかな目で見ながら、年頃の女の子がすっと自宅に入って来た。
田口は、はっとして彼女に声をかける。
「おかえり、芽依 ちゃん」
ジャージ姿に、黒髪を二つに縛っている彼女は、くりんとした瞳を細めて、田口を見た。
「おかえり。銀ちゃん」
「部活?」
「うん」
それだけ言うと、彼女はさっさと自室に消えていった。
「なんだか芽依ちゃん、大人びた?」
田口が首を傾げると、母親は笑った。
「芽依も思春期でしょう。最近は、ちっとも口きかないのよ」
「へ~……」
そんな年頃か。芽依は金臣の長女。今年、中学二年生の十四歳だ。部活は水泳部。
田口が自宅にいる頃は、一緒に遊びに行ったものだが、年頃なだということか。
しばらく実家を離れただけだが、子供の成長とは早いものだと思った。
芽依が姿を消した廊下に視線を向けていると、泥だらけの小学生が二人、姿を表した。
「銀太~! おかえり」
「銀太だ!」
「こら! おじさんを呼び捨てするな!」
真樹に怒られても、二人は平気。長男の陽人 は十一歳。小学五年生。次男の陽太 は八歳。小学三年生。
二人とも、やんちゃで活発な男の子だ。金臣の指導の下、剣道をしている。夏休みだが、日中はほぼ外に遊びに行っているようだ。
「大きくなったな。二人とも」
田口にタックルをしたり、背中をバンバン叩いたり、二人は嬉しくて大騒ぎだ。
「もう! ごはんにするから。さっさと手洗ってきなさい」
母親の声に、二人はわいわいと廊下を入っていく。このうるさい様子は健在だ。
これでは保住を落ち着いて休ませられないようだ。
「そろそろご飯だけど。どうする? 係長さん、じゃなくて、えっと」
「保住さん」
「そうそう」
「わ~、早く会いたいわ」
「お前ねえ」
妻が目をキラキラさせているのが面白くないのか、金臣はブウブウと頬を膨らませた。
「様子を見てくる」
うるさいのはいつものことだが、こういう中で育ったので田口にとったら、気持ちが和らぐものだ。実家に帰ってきたと言う感じがした。ほっこりした気持ちのまま、廊下を歩いて自室に顔を出す。
「係長、入りますよ」
そっと障子を開けると、保住は眠り込んでいた。それはそうだろう。疲れているのだ。まだ休息が必要だ。うつぶせになって、すやすやと寝息を立てている保住を、とても起こす気にはなれない。
後でなにか持ってくればいいだろう。早めに夕食を終えて帰ってこよう。そう思いつつ、田口は久しぶりの我が家の晩餐に向かった。
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