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第7章ー第68話 ご機嫌斜めのお姫様

「お腹、すきましたね」 「もう一時かあ、昼時間過ぎちゃったなー」  一同は口々に空腹の訴えだ。 「ズレましたが、ここから一時間の休憩にします。開始は二時から」 「やった」 「係長、ありがとうございます」 「今日は本当にありがとうございます。みんなの力がなせる技。助かりました」 「今日が山場でしたね。ここまで納得させられれば、あとは進めていくだけです」  渡辺も心底ホッとしたらしい。 「今日は、また寿命が数年縮まりました」 「田口の予算書案、よくできてたな!」  谷口に振られて、田口はタジタジだ。 「いえ。係長の指示どおりに作成しただけですから」 「んなこと言ったって、見やすかったし。局長への説明もなかなかだったぞ」  矢部や谷口に褒められて、それはそれで嬉しいが。本当は、一番に褒めてもらいたいのは……保住なのだ。しかしちらりと見ると、保住はプライベート携帯を眺めて顔をしかめていた。 「係長?」  思わず心配になって声をかけてみる。保住はその声に弾かれたように顔を上げた。 「いや、すまない。私用の電話で。先に昼食休憩をしてください」  保住は、そう言うと事務室を出て行った。 「珍しいな。私用なんて」 「女か?」  ――女?  ドキドキした。 「今日は、終始ご機嫌斜めなお姫様だからな。会議も滞った」  谷口は肩を叩く真似をする。みんな気がついていることだ。 「珍しいんだけど、たまにあるよねー。ご機嫌斜め」 「あるんですね。初めて見ました」 「キャパオーバーになるとね。まあ、なにがオーバーさせてるのかの理由は分からないけど」  渡辺が答える。 「仕事でキャパオーバーはありえなそうだし。プライベートじゃないのかな?」 「プライベート、ですか」  ――プライベート……。  正直、こんなに関わっていても、田口にはまだ理解できていない領域。 「しかし会議が長丁場でどうなることやらだったが、田口の説明でしまったな。お前、係長の右腕になれる素質ありだな!」  嫌味ではなく、純粋に喜んで話す谷口は人がいいのだろう。 「そんな」 「澤井局長に言葉が通じる奴は、なかなかいないそうだぞ」 「でっかく成長してくれて、おれたちは嬉しい!」  渡辺も矢部も泣き真似をした。困ったものだ。あまり褒められるのは慣れていない。田口は慌てて席を立った。 「おれ、昼メシないんだった。買ってきます」 「売店は大したの残ってないぞ」 「なんでもいいんで大丈夫です!」  ともかく逃げないと。そういう思いで、事務所を出ると、階段を駆け下りた。

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