69 / 242

第7章ー第69話 心の中のドロドロ

 売店に足を運ぶと、矢部の言葉を実感した。本当になにもなかったのだ。お弁当類は売り切れ。残っているのは、おにぎりとサンドイッチくらいだった。  困ってそれらを眺めていると、売店のおばちゃんが怪しむかのように眺める。サボりだと思われたのだろうか。  別に言い訳をする必要もない。おばちゃんにどう思われようと関係ないはずなのだが、おにぎりを二個持ってレジに立ってから、言い訳のようにおばちゃんに話しかけた。 「会議が押して。昼飯がずれ込んだんです。――ああ、お腹空きました」  わざとらしい、よそよそしい言葉だ。おばちゃんは、じろりと田口を見上げて、黙ってレジを打つ。愛想のないおばちゃんだ。  ――よくクビにならないものだ。  そんなことを思っていると、おばちゃんはおにぎりを入れた袋にサンドイッチを入れた。 「あの」 「おまけ。お疲れ様」 「――おばちゃん」  本当は優しい人だったのか。おばちゃんは黙って、おつりとおにぎりの袋を差し出した。 「ありがとうございます」  人は見た目ではない。冷たそうに見えても心の中は温かい。事務所に戻ろうとして廊下を歩いて行くと、ふと視線が止まった。 「あれ?」  中庭に保住がいた。彼は中庭の桜の樹の下にあるベンチに座っていた。 「昼飯、食べないのかな?」  ご機嫌斜めな彼に、ちょっかいを出すのは嫌がられるかもしれない。しかし放って置けないのだ。田口は中庭に繋がる扉を押して、足を向けた。 ***  保住はベンチに座り、ぼんやりと昨晩のことを思い出していた。  明日の会議は山場。田口にも迷惑をかけていることを知りながらも、頼ってしまう自分もいる。今までは全て自分一人でやってきた。大切なところを人任せにはできなかったのだ。だけど、「田口だったら大丈夫だ」と思ってしまう自分がいたのだ。 「予算のところをやり直しさせたら、徹夜だな。すまないな田口」  田口にメールを打ってからため息を吐くと、実家の母親から電話が入った。彼女から連絡が来るときはロクなものではない。出る気もしないが、出ないなら出ないでしつこくかかってくる。嫌なことは一度で済ませてしまいたい。 『元気? 躰は大丈夫?』 「まあね」  ハスキーな母親の声は、機械を通してよく聞こえた。熱中症で入院してから、そう顔を合わせていない気がする。年末年始すら仕事にかこつけて、実家には帰っていないのだった。 「なに? なんの用なの。忙しいんだけど」 『まあ、ぶっきらぼうね。そんなんじゃ、彼女もできないからね』 「用事がないなら切るが」 『ちょっと、そうじゃなくて。電話したのはおじいさんのこと』 「あの人がどうしたって」  ――やっぱり。面倒そうな話だ。 『体調を崩したみたいで入院しているようなの。お見舞いに行こうかどうしようか迷っているんだけど』 「別に行くことはないだろう」 『でも、結構な御年でしょう? なにかあったらって思うと』  母親は迷うように話をするが、内容的には「見舞いに行く」という行為の正当性を認めて欲しいということがよくわかった。なにせ、自分が否定的な言葉を並べても「でも」と切り返してくるのだ。  ――勝手に行けばいいだろう。  保住は大きくため息を吐いてから言い切った。 「父さんが死んだときだって顔を出さなかった人だ。あの人が死んでも、おれたちが行く義理はないだろう?」  『(なお)は冷たいんだから』 「ともかく。明日、大事な会議があって立て込んでいるんだ。用事がそれだけなら切る」 『ちょっと、(なお)?』  さっさと携帯を切った。嫌な話題を耳にしたものだ。躰のどこかに引っかかって、離れてくれない。気持ちが重くなった。  ――別に嫌いなわけではない。物心ついた時から、出会ったこともない人だから。  しかし、こうしてなにかと関わってくるのは面倒だったのだ。 ***  あれのことが、ずっと心に引っかかっているのだ。ドロドロとしたものが、心のどこかに引っかかって――気分が悪い。田口に八つ当たりをしても仕方がないのに。馬鹿みたいだ。冷静さを欠くなんて、自分らしくもない。大きくため息を吐いた。  自分で自分が嫌になっていると、人が近付いて来る気配がして、顔を上げた。すると、そこには田口が白いビニール袋を提げて立っていた。 「昼飯。食べていないですよね」  彼はそう言って保住の隣に座った。  ――この男は散々当たり散らして、徹夜まがいのことまでさせたのに、こうして近寄って来るのか。呆れられていると思ったが。  保住は内心、戸惑っていた。 「別にいらない」

ともだちにシェアしよう!