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第12章ー第105話 「好き」の意味

 ――いいのか。いいのか?  ――これで。これでは、いつもと同じ。 『おれは、あなたの良いところだけじゃなくて、悪いところも全部引っくるめて知りたい』  田口の声が響く。あの言葉に嘘は感じられなかった。 『一人で頑張らないで。おれがそばにいます。支えますから。あなたを取り戻して。あなたはここにいるのです。亡くなったお父様ではない』  そう――田口はそう言ってくれた。一人で気張ってやってきた。  ――自分を取り戻す?  取り戻すものなんてないのかも知れない。元々がないからだ。だけど、自分は自分だ。これから、自分を作り上げていくことも出来るのではないか。  それは、田口にやってもらうものでもない。自分で取り組まなくてはいけないことなのだ。  祖父との邂逅で父を理解した。  澤井との関係を持ったことで、父との関係を理解した。  自分は、いろいろなことに翻弄されながらも、こうしてここにいるのではないか。    この好きの意味もわからないのに、田口が別の人と仲良くしていると不安になる置いていかれるのではないかと。田口の眼差しが自分に向かなくなったら、寂しいに決まっている。友達なのか、部下なのか、それ以上なのか、わからない。  だけど、ただ一つ言えること。それは。  ――田口が『好き』だという気持ちだ。  保住の瞳の色が濃くなる。正気を取り戻したのか、彼は澤井の肩をそっと押し返した。 「保住?」 「申し訳ありません。やはり出来ません」  冷静さを取り戻した保住は凛としている。さすがの澤井も、触れていた手を離した。 「興覚めだな」 「申し訳ありません」 「少しは気持ちの整理がついたというのか」 「わかりません。難解なのは自分の気持ちです」 「そうだな。お前は素直ではないからな。仕方ない」   澤井は面白くなさそうに身体を起こし、自分のシャツを正す。 「肩透かしだ。この落とし前は次回、付けてもらおうか」 「次回はないと願いたいです」 「どうだかな」  澤井がなにか付け加えようとしたとき、ドアが開いて懐中電灯が光った。 「どなたかいらっしゃいますか?」  澤井は警備員を睨みつけた。 「問題ない。忘れ物だ」 「澤井局長、――これは失礼いたしました」  警備員から保住の存在まで確認できたかどうかはわからないが、彼は頭を下げて姿を消した。 「どいつもこいつも面白くない。田口が戻ってきたらいびってやろう」 「どうぞ、お好きに」  田口は澤井ごときで折れる男ではない。保住はシャツのボタンをすることもなく、澤井を見据える。 「一体、あなたはなにを望むのですか? 本気ではないですよね? おれと田口をどうしたいのですか」 「そんなことをお前に話す必要はなかろう。おれにとったら、お前も田口も暇つぶしの玩具(おもちゃ)程度だ」  澤井はそう言い放つと、踵を返して廊下に出た。 ***  真っ暗な廊下を歩きながら、顎に手を当てて口元を歪める。 「もう少しだな」  保住は案外、(もろ)く、そして打たれ弱い。更に、今の彼は、一人でやってきた彼とは違う。 『田口』と言う男を知ったおかげで、一人でやっていけない体質になっていることを澤井は見逃さないのだ。  もう一押しだ。その機会はすぐにやってくる。次は必ず……だ。

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