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第13章ー第110話 好きは止められない

「好きなことは誰にも止めらんねーだろ。止めたら終わりだと思ってんだ」 「止めたら終わり?」 「そうそう。自分の気持ちの有り様は、自分が決める。それが大人ってもんだ。別なもので代替えなんて出来っこねーし」  止めたら終わり。今の自分はどうなのだ。保住への思いを押し隠して、そばにいるだけでいいなんて――。  それは、逃げているということなのだろうか。  ――わからない。 「おれは卑怯なのかもしれません」 「え?」  いつのまにか、頼んでもいないのにブルーの綺麗なカクテルが目の前にある。煙草をふかしながら立っている桜が出してくれたのか。 「好きな人がいるんですけど、その人に思いを打ち明けたら、その人が困ると思って……ずっと側で黙っていることができればいいって思っています」 「なんで、お前が気持ちを打ち明けると困るんだ? 恋人ありとか?」 「恋人はいないと思うんです。最初は……いなかったから。だけど、最近、雰囲気が違くて……人が変わってしまったような……。時間を共有する機会がなくなって、避けられてます。いや、表向きは変わりないんですけど、やっぱり避けられているんだろうな……。服装とか身なりをしっかり整えてくるようになったし」 「お洒落してんの? あー、それ彼氏出来たな」  野木は気の毒そうに田口を見る。 「やっぱりそうですか?」  あんなにネクタイ嫌っている保住が、きちんと締めてくるのは、なにか理由がある。それは、きっと――見せられないものがあるからだ。澤井につけられた跡を思い出す。  澤井――なのだろうか。 「嫌いって。絶対にもう寝ないって言っていたのに」 「わかってないねー」  野木は苦笑いだ。 「嫌よ嫌よも好きのうちってね。一度関係が出来たら他人ではいられねーもんだ。だから、既成事実作る方法もあるわけよ」 「野木、言い過ぎだ」  桜は嗜めるが、田口は妙に納得してしまう。確かに、澤井と保住の関係性は変化している。確実に――。 「ちゃんと言わねーと。指くわえて見てるだけだぞ。おれは性に合わないな。そんなの。好きなものは手に入れたい」  好きなものは手に入れたいなんて、当然のことだ。 「おれだって、そうだ」 「だろ? 男はみんなそんなもんだ」 「変態野郎共」  桜は呆れてため息を吐いたが、カランカランと入り口についている鐘が鳴ったので顔を上げた。来客の合図だ。 「あら、久しぶりじゃん」 「大きい仕事で立て込んでててさー。やっと出てこられた」  聞き覚えのある声にハッとして顔を上げた。 「あらやだ! 銀太じゃん! 会いたかったよ〜」  視線の先の女は神崎。 「わわ」  彼女は嬉しそうに田口に飛びついた。 「なんだ、神崎のお友達か」 「友達では……」 「仕事でお世話になってね! 桜、この前、話したオペラの担当なのよ。この子」 「ああ。例の」  桜は笑う。 「面白そうじゃん。この子担当なんだ」 「いや、おれは。一番下っ端で。係長が発起人で……」 「係長と言えば、どうなったの?! あの後? 仲直りした? うまくいったの?」  神崎はワクワクした視線を向けながら田口の隣に座った。まさか彼女の行きつけの店だったとは。  ――失態。 「なんだよ。好きな子って上司?」  野木はニヤニヤする。 「いや、あの。違くて……」 「やだやだ。うちで痴話喧嘩始めるんだもん! 気になっちゃうよね〜」 「ち、違います……」 「銀太なんて泣いちゃって。可愛いでしょ? この子」  年上女子は苦手だ。からかわれてばかり。 「泣いてなんて。――いや。泣きました」 「素直!」  桜は笑い出す。 「そんなにいい上司なの?」 「桜〜、あんたも気にいるよ。美人系のインテリ系。冷たい感じもするけど、多分照れ隠しだよね」 「そ、そうですか?」  ――保住が照れ隠し?  確かに。いつもはなんでもこなすのに、時々小学生みたいに無邪気で、可愛いところもある。 「やだ! 顔が緩んでる」 「お前な……ちっとは自重しろ」 「はっ! すみません。だって、保住さんのことを考えるとこの調子で……」  野木は呆れた。 「今度、連れて来なよ」  桜は興味津々か。 「桜〜、女の子にまで手出すなよ」  野木の言葉に、神崎はすかさず言葉を挟んだ。 「あら可愛い男子よ」 「わわわ! 神崎先生、やめてください!!」 「あらやだ!」 「男かよ! ――そりゃ、悩むな」  変人とか。気持ち悪いとか。そう思われる。田口は終わった……と思うが、その場にいるみんなはなにも変わらない。 「ますます見て見たいな。美人系上司」 「綺麗な子だよ。いいシチュエーションでしょう? 銀太の思い悩む姿見ていたら、すっごくいい音楽降りて来ちゃって。サクサクっと書けちゃったんだよね」  彼女はそう言うと、田口を見た。 「だからさ。このオペラは、あんたに捧げるよ」 「え?」 「すげーな! 切ない恋心あってよかったじゃん! なかなかないぞ。オペラ一つ捧げてもらえるなんて!」  野木は田口の肩を掴んで揺さぶる。 「あわわわ……」  ここの人たちは、奇想天外で常軌を逸している。だけど、常軌を逸している自分がすっと溶け込めるなんて。  ――とても居心地がいい。 「男となりゃ、かなり周到な作戦が必要だ。しかも彼女出来ちゃったんだろう? なかなか厳しそうだな」 「え? 係長さん、恋人できちゃったの?」 「わかりませんが。きっと……」 「そう言う勘って結構、当たるもんだよな」

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