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第13章ー第111話 変態野郎

「私なんて、ずっと片思いさ」 「そんなこと言うなよ。おれがいるだろ?」  野木はカッコつけて言い切るが、桜は呆れた顔をした。 「こう言う妥協点で折り合いをつけるってことも人生には必要だが」 「妥協点ってなんだよ!」  少し悩みを口にできたから、楽になるのか。状況は変わらないのに、少し気持ちが和らいだ。桜と野木の喧嘩を横目に、神崎は田口を見た。 「銀太、人生にはタイミングってもんがあるよ」 「タイミング――ですか?」 「そう。私は係長さんは、あんたが好きだと思うよ」 「そうでしょうか……」 「私のとこで楽しくやってるあんたを見て、面白くなかったんでしょう。多分、私たちにヤキモチ妬いたんだよ」  そうなのだろうか。 「照れ隠しであんなきつい言葉を投げかけた自分が嫌になったんじゃない? 仕事もできて、冷静な判断ができる人なのに。あんたのことになると、まるでお馬鹿さんみたいな事言ったりしている自分が嫌になったんだよ」 「保住さんは、時々子供みたいです。嫌なことがあると八つ当たりして来ます」 「それって、みんなにしていること?」 「いえ。おれだけですね。職場でも何度か」 「そっか。かなり甘えちゃってんだね。きっと。銀太にさ」  ――確かに。 「甘えてばかりだから、我慢するって数日突き放されたことがありましたけど、二日ばかりで会いに来てくれました」 「あの係長さんが?」  神崎は笑い出す。 「よっぽどあんたに夢中ね!」 「そんな。でも、今回ばかりは嫌われています。先生のところから戻ってから、話はしてくれますが、前よりも事務的だし。笑顔を向けてくれない」  カクテルを含み、神崎は田口を見る。 「――抑えようとしたんじゃないかしら。あんたと一緒で」 「抑える?」 「あんたを好きになること。抑えたり、止めようとしているのよ」 「そんなはずは」 「なぜわかるの?」 「……わかりません。だけど――」 「あんたが係長さんだったらどうするの? 逆の立場だったら」 「それは……自分の気持ちのせいで、相手を困らせたくないし。辛い思いをさせてくはないと考えます」 「それって、止めるしかないよね?」 「止めるためには、別なものに心移すしかねーんだぞ」  いつのまにか喧嘩は収束したのか。野木が口を挟む。 「心移したって本意ではないからな。苦しむぞ。その子」 「でも、係長がおれを好きかどうかなんてわかりません」 「わからなかったら逃げるのか」  桜はじっと田口を見る。 「桜、さん……」 「好きなやつ一人まともに守れない男はクズだよ! 人がどうとか、出来ない理由ばっかり付けやがって! この鈍臭いノロマ野郎!」  ――罵声?  田口は驚いて開いた口が塞がらない。 「一番嫌いだ! グズグズしやがって! きちんと確認しろ。その子の気持ち。不本意で別な奴と付き合っているなら救い出せよ! 無責任だな、お前は」 「――無責任、ですか?」 「そうだよ! お前が発した愛情は、少なからずその人に届いているから、相手も近しくなったのだろう? 誘っておいて、逃げるのか? 中途半端にされた思いは行く当てもなく彷徨うのだ。押しておいて引くだなんて、遊びか? ふざけてんのか?」  ――ふざけてる? 自分が?  田口は首を横に振った。 「遊びなんかじゃありません! おれは、保住さんが好きだ。ずっと側にいてぎゅうぎゅうとしていたいんだ! 本当は誰であろうと指一本、触れさせたくない! 独り占めしたい、あの人の中をおれでいっぱいにしたいんだ!」  言ってからはっとしても遅い。野木や神崎はポカンとしている。  ――やばい。変態全開……! 言ってしまった!!  田口は顔を真っ赤にして両手で覆う。 「よく言った!」 「変態野郎大歓迎だ!」  神崎と野木は田口に抱きついた。 「や、やめてください……」 「お前最高!」 「あわわわ」 「やーん! また新曲出来そう!」  放心状態の田口を二人はいつまでも揺さぶる。ここは自分を曝け出せる場所なのか。口に出してしまうと止められない。保住への思い。  触れたい。  抱きしめてみたい。  恋心だけじゃない。  欲望も溢れ出す。  抑圧してきた思いが。  我慢できない――

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