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第15章ー第122話 脱せない関係
振興係の初仕事は一月二日から始まる。出勤してきているのは、秘書課や観光課くらいなものだ。庁内はいつもと打って変わって静まり返っているのだが。
「遅刻ですよ! 保住さん、しっかり!」
のろのろと足取りが覚束ない保住の手を引いて、田口は歩いていた。
結局、大晦日の集まりを終え、昨日は保住の実家へ。床に就いたのは朝方だった。それから、目が覚めたのは元日の夕方。
保住の母親が用意してくれた、おせちやら、餅やらを食べながら酒を飲めば夜も更ける。みのりも田口がいることが嬉しいのか、保住の昔のアルバムや作文を引っ張り出してきて披露する有様。保住にとったら、全く持って形無しだったことだろう。
田口にとったら、保住の過去を知る時間は幸せ以外のなにものでもなかったのだ。
「保住さんの幼稚園時代、可愛かったですね」
「言うな」
保住の父親も見せてもらった。写真の中の父親は、保住にそっくりだ。
線の細い男だった。ほくろの位置が違うくらいだろうか。確かに、澤井が血迷うのも理解できる。
二人一緒に並んでいたら識別が可能だが、一人ずつ目の前にいたら――、重なるのは頷けた。
「頭が痛い」
「二日酔いですか?」
「わからん……」
田口が軽快に階段を上っているのに、保住がついてきているのか気になった。はったとして振り返る。
「そういえば――」
「っ!?」
田口が振り返ったことに驚いたのだろうか。保住はバランスを崩した。
「――保住さん!」
落下しそうになる寸前、田口は腕を伸ばして保住を支えた。
「大丈夫ですか!?」
さすがの保住も目を見開く。
「すまない、田口」
「おれが悪いです。振り返ったりするから……。すみません。驚かせました」
「いや……」
ドキドキと心臓の拍動が早まる。彼の温もりが伝わってきて嬉しいのだった。付き合っていても、いつもと同じ。上司と部下の関係から、脱することが出来ない。
田口は遠慮と戸惑い。保住は無頓着。お互いに先に進むきっかけも見当たらないのだ。こうして、身体が触れ合うとドキドキしてしまう。そんな事を考えていると、事務所から谷口が顔を出した。
「朝からなにをているんです?」
「あ! あ、ああ……あの、おはようございます! そして、あけましておめでとうございます! 谷口さん。今年もよろしくお願いします」
田口は大きな声で挨拶をして、保住をそっと階段に下ろした。
「階段を踏み外して、田口に助けられました」
保住はそう言うと、谷口の方へ歩き出す。
「おはようございます。係長。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
保住が事務所に顔を出すと、渡辺や矢部もいて、それぞれが朝の挨拶と新年の挨拶を交わす。
「今年はオペラ成功です。頑張りましょう」
保住の言葉に四人は大きく頷いてみせた。
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