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第15章ー第124話 自分の知らない時間を知る人

「保住とは上手くやれているのだろう?」 「……上手く、ですか。多分、そうなのかと自分は思っているのですが」  澤井に余計なことを言っても仕方がないが。嘘もつけないタイプの田口は、言葉を濁した。田口のはっきりしない返答にその意図をくみ取ったのか、澤井はにやにやと笑みを見せる。 「あいつは受け身。押せばなびくし、引けばそのまま。お前しだいということだ」 「局長……」 「別に。アドバイスでもなんでも無い。ただお前たちは、時間を無駄にしすぎる。この歳になると、時間ほど貴重なものはない。過ぎ去ってしまった時間は取り返せない。常に全力で生きる。それが必要だと思うがな」  田口よりも保住のことを熟知している彼が言うのだ。その言葉には説得力があった。 「保住の父親は死んだ。取り返したくても難しい。だからといって、似ている子供が代わりになるかと言ったらそうもいかん」 「保住さんは、代替えなのでしょうか」  澤井の言葉は悪い。田口は不愉快な気持ちになり、澤井に非難の視線を向けるが、彼は動じる事はない様子だ。田口のことなんて無視するかのように、自分の言いたいことを言うだけだった。 「そうだな。最初はそうだ。だが、違うことも理解した。今は、父親とあいつは違うと完全に認識している」 「では」 「違う人間として、あいつに心を動かした。それだけだ」  それは保住自身を純粋に好いていると言うことか。 「局長はやはり、保住さんがお好きなんですね」  ――否定するか?  いや。田口の予測に反して、澤井は肯定をした。 「そうだな。あいつのことは好きだ。自分のことを理解出来なくて戸惑ったり、受身でその場に流される弱いところとか。仕事は出来るが、周りに合わせないと浮いてしまうところとか。――ああ、そうだな。プライドが高くて、日頃、悪態ばかりつくクセに、情事の最中はしおらしいところもだな」 「……あなたと言う人は」  ――呆れる。不躾にもほどがある!  しかし、それだけ彼のことを理解しているということだ。澤井の述べる保住の人と成りは、田口も理解しているところだが、最後のを、田口は知らない。 「そうだろう? ――ん? なんだ。ああそうか。まだ関係を持てていないのか?」  田口の反応を見て、澤井は一人で勝手に納得している様子だった。 「保住(あれ)は女に人気があるが、男向きだ。心も身体も自分に繋ぎ止めておかないと。あっという間に、別な人間に取られるぞ」 「そうでしょうか」 「おれはそう思っているがな。さっきも言った。押せばなびく。押されると弱い人間だからな。そんなことは、お前も理解しているのだろう? 」 「局長は保住さんを諦めてくれたのでしょうか?」 「諦める――?」  澤井は笑い出した。 「それをおれに直接、聞くのか? やはり面白いな。田口」 「すみません。わからないことは、知りたくなるものです」 「不安なのだろう? おれたちの関係性が。まだ疑っているのだろう?」  田口はまっすぐに澤井を見ていた。 「保住さんを信じていないわけではありません。……ただ、今までの経緯があります。それに、やっぱり元恋人の存在は気になるものです。違いますか?」 「違わんな」 「あなたの存在は、あの人にとったら強烈すぎます。初めての上司。仕事を教えてくれた人。保住さんの仕事のやり方は、あなたにそっくりです。それだけ、あの人の中には、無意識のうちにあなたが入り込んでいる。さらに、あなたの存在感。保住さんにとって、理解者としてあなたほどの人はいないのではないかと考えます」  澤井の存在は、保住の市役所職員としての根幹に関わるのだ。 「おれだって知りたい。あの人の理解者でありたい。多分、他の人たちよりは、理解しているつもりです。だけど、あなたとあの人の歴史は分からない。時間が足りないんだ。おれは、 あの人との時間の共有が不足している。澤井局長には、敵わないのです」 「だから不安になるのか?」 「そうです」  田口は頷いた。澤井は目を細めて、田口を見つめていた。 「お前は素直。正直者だ」

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