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第16章ー第131話 全員集合!

 オペラ上演前日を迎える。会場となる梅沢市民会館は、オーケストラや合唱団など、沢山の人でごった返していた。 「谷口、宮内さんはまだか」  渡辺の声に谷口は応える。 「矢部さんが駅まで迎えに行ってますが、まだ姿が見えません」 「見つけられないのか? まったく、時間がないっていうのに。……田口、合唱団の方はどうだ?」 「全員集まっています。控え室で待機です」 「予定通りだな」 「いやあ、このホール古いなあ」  スタッフがホワイエで確認作業をしていると、関口圭一郎が有田を連れて姿を現した。彼はホールをくまなく見てきたようだった。 「申し訳ありません。星音堂(せいおんどう)では手狭でして」 「仕方ないね。――もっといいホール作らないとダメだね。考えないと」 「まったくですね。ご意見ありがとうございます」 「市長も来るって言ってたよね。話してみよう」  圭一郎はそうは言うが、機嫌が大変いい様子だ。地元は嬉しいのだろうか。じっとしている田口に気がついたのか、彼は駆け寄ってきて、田口の手を握った。 「おお! 青年」 「マエストロ。この度は、どうぞよろしくお願いします」 「またまた、硬い! 君は硬すぎるのだ! だが、そこがいい!!」  よく通る声はホワイエで作業をしている他のスタッフにも笑いを誘う。いつもは総務係の手伝いに駆り出されている振興係だが、今日は逆。文化課総出でのお手伝いだ。 「ありがとうございます」  そんな話をしていると、作曲者の神崎がやってきた。今日はフルメンバー集結である。 「銀太! 久しぶり〜」 「先生」  「銀太?」と呼ばれている田口に、渡辺たちは苦笑いを見せた。 「おお、神崎くん」  圭一郎は神崎を見てから、嬉しそうに手を振った。 「あらやだ! 先生。ご無沙汰〜! 桜、連れてくれば良かったね」 「桜は元気?」 「元気よ〜」  桜とは、あのラプソディの無愛想なママか。圭一郎と知り合いとは。  ――あのバーはやはり謎だ。 「かおりは?」 「まだです」  その問いには有田が答えた。『かおり』とは、ソプラノ歌手の宮内かおりのことらしい。保住の強引な推しでキャスティングされた彼女だが、会うのは今日が初めてだ。  ――それにしても、音楽家はみんな知り合いなのだな。  そんな事を考えていると、よく通る黄色い声が響く。 「ごめーん、遅くなって」 「遅くなりました!」  矢部は汗を拭き拭きやってくる。駅まで宮内かおりを迎えに行っていたのだ。ということは、彼女が到着したということだった。田口は姿を見せた日本を代表するプリマドンナを注視した。  声楽家と言うと、ちょっとふくよかな女性を想像しがちだが、彼女は痩せ型。しかも、クルクルとカールをした茶色い髪と、ぱっちりとした目元は、愛らしい容姿だ。歌も凄いがビジュアルもいいと評判で、この業界では飛び抜けて人気がある女性だ。  噂や写真では見聞きしていたが、実際に見ると、男性なら視線が釘付けになってしまうほどに可愛らしかった。保住一筋の田口ですら、少々ドキドキとした。  今回の目玉は彼女の出演と、関口圭一郎の指揮。日本のクラシック界きっての、二大トップスターの共演ともなれば、マスコミも放ってはおかない。保住はそれを画策していたのだった。澤井を黙らせて、宮内かおりを起用したのは大成功だった。  かおりは、きゃっきゃと女子高校生のようにはしゃぎながら走ってくると、圭一郎に飛びついた。 「やだー、(けい)ちゃん、何ヶ月ぶり?」 「半年は会っていないだろうか?」  有田は答える。 「正確に言えば六ヶ月半ですね」 「元気してた?」 「この通りだ」  二人のべったりぶりに、一同は目が点になる。田口などは顔が熱くなる。それを見て神崎は笑った。 「やだなあ。銀太は純朴過ぎて、やっぱり可愛い~」 「な、からかわないでくださいよ」  音楽家というものは、一目も憚らずに他人と接触できるものかと思うと、なんとも理解できない世界だと思ったのだった。

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