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第16章ー第133話 落ち着けません!

 無我夢中で保住を抱えている田口に、保住は呼び掛けた。 「田口!」  バタバタとした騒ぎはこりごりだったのだ。頭が痛むのは気のせいではない。しかし、正直、助かったということもある。圭一郎に抱き寄せられた時の痛みは、尋常ではなかったからだ。  しかし、この様相。さすがに恥ずかしいものである。 「田口、離せっ!」  保住は田口に必死に訴えた。しかし彼は我を失っているようで、全く保住の声が耳に入っていない様子だった。田口はあたりを見渡し、そして控え室の一つに保住を下ろした。 「落ち着け! 田口」  田口の頬を両手で捕まえて、混乱の色を呈していた彼の瞳を覗き込む。 「ですが、あの……っ」 「おれを見ろ。大丈夫だ。大丈夫。ここにいる」  日中だが防音室なので窓がない。薄暗い控え室。間接照明の橙色のライトだけが頼り。刺激が減って、田口の混乱も治ったのか、荒く呼吸をしていたが、しだいにゆっくりとした呼吸に戻る。 「保住さん……すみませんでした」  視線もあちらこちらに向かず、まっすぐに保住を見据える田口は、いつもの彼だった。彼は仕出かしたことに後悔でもしている様子だった。保住は、そんな田口を見ていると、なんとも言えない気持ちになった。自分のことを心配してくれている彼の気持ちが嬉しく思われたのだった。 「田口」  保住の唇がそっと田口の頬に触れる。感じ入っているのか、田口は目を閉じた。 「すみません――でした」 「お前らしくもない」 「申し訳ありません。ですが。あなたになかなか触れられないのに。他の人が触れるのは許しがたいのです」  頬を触れている保住の手に、田口は両手を添えて包み込んだ。 「なら、触れればいい。お前に触れられるのは嫌ではない」 「痛みもあるのに。負担をかけたくありません」  「構わない」  保住が見上げると、田口は我慢できないのだろう。保住の高さに合わせるように屈み込み、そのまま口付けをしてきた。 「保住さん……っ」  角度を変え、息を継ぎながらもキスは止まない。田口の腕に手を添えてやると、彼はますます気持ちが昂まるのだろうか。腰に置かれていた田口の手は、そのまま保住の身体をなぞり上げた。 「た、……っ、田口!」 「はい!」  田口の舌が歯牙を割って入り込んでくる。彼の味に、感触に酔いしれそうになるが、理性が警告していた。業務中であると――。保住は田口の唇に手のひらを当て、そのキスを遮った。 「触れてもいいが、今は仕事中だ……っ」  肩で息をしていた田口は、申し訳なさそうに眉を潜めていた。 「すみません、そうでした。つい……」 「終わったら、いくらでもしてやる」 「本当ですか?!」  田口の目が、キラキラと輝くのがわかった。本当なら、自分だって、もっとして欲しい。彼とのキスは悪くはないのだ。いつも彼の気持ちを疑っていた。なのに、彼に触れられると、こことが落ち着くのだ。 「加減してくれ。おれは病人だ」 「そうでした……でも、わかりました! 頑張ります」  腰に回ってきた腕で支えられると、身体が楽になった。澤井にやられた時のようだ。軽く目眩を起こしていた意識が少しだけ、はっきりとする。 「保住さん、相変わらず熱ありませんか? 温かいです」 「もう少しの辛抱だ。これが終わったらきちんと療養するから。黙っておけよ」 「しかし」  保住は田口の口に指を当てる。これ以上は言うなと言うことだ。  「頼む。おれの好きにやらせてくれ」 「わかりましたが、あの――」  田口は言いにくそうに呟く。 「なんだ」 「おれのそばにいてください。なにかあったらすぐに止めさせます」 「わかった」   大仕事は、これから始まるのだ。田口との密会に酔いしれている場合ではないと自覚した。

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