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第16章ー第134話 レセプション

 夜はレセプションが開催された。明日の本番を前に、市長も参加してのイベントだ。ホテルのワンフロアを貸し切り、市内の文化活動に携わる人が、ほぼ顔を揃えていると言った大掛かり企画だ。振興係としては、明日の本番よりも一番の山場になる事業なのだった。  保住は受け付けの担当だ。今回は、様々な来賓が押しかける。いかにスムーズに裁けるのか。正念場なポジションだったからだ。 「お忙しい中、ありがとうございます」  続々とやってくる来賓に対し、一々頭を下げるのが面倒だな――と思った時。  エレベーター周囲がにぎわっていることに気が付く。  ――市長の到着か。  梅沢市長は、安田という男だ。この男は、既に何期も市長を務め、市民からしたら馴染みのある、なんの代わり映えもない、当たり障りない市長であった。  先ほどまで、来賓対応をしていた澤井が駆けていくのが見える。  ――あの男でも、権力の前にはああいう態度を見せるのか。  いつもは横柄で、自分たちに対して威張り散らしている澤井だが、市長と一緒に姿を現した秘書課係長や課長を押しのけて、隣に位置する。そしてなにやら会話をしている様子だった。  安田は小柄で恰幅のいい、ただの老人ではないかと、保住は思った。市長という名の席に座っていなければ、ただの老人。  彼は終始ご機嫌の様子で、澤井に話しかけている。澤井も笑顔を見せていた。  市役所上げてのお祭り騒ぎだ。いつまでも市長たちを見ていても仕方がない。保住は、来賓対応に戻ることにする。しかし、保住たちの横と通り過ぎる際、澤井が「保住」と自分の名を呼んだ。  この忙しい最中、なんの用があるというのだ。少々苛立ちを覚えながらも、一緒に立ち止まった安田に会釈をしてみせた。 「市長。この事業の中心として活躍してくれている保住です」  ――来賓の相手は、澤井と決まっている。余計な手間を取らせないで欲しい。  そういう意味合いを込めて澤井を見据えると、彼は「黙っておけ」と言わんばかりに、その視線を無視した。 「君が保住くんの息子か」  安田は、「おお」と嬉しそうに笑顔を見せて、保住の元に歩み寄った。  ――父を知っているのか。当然だな。あの人が健在だった時から市長の席に座っていた男だ。  なんらかの接点があってもおかしくはないのだろう。保住の父親は、確か亡くなった時は、秘書課に属していたはずだ。  「君のお父さんには、随分と世話になったんだよ。彼が秘書課の課長をしてくれたおかげで、職員のこともよく教えてもらったしね。こうして、市長続けられているのも、君のお父さんのおかげだな」 「保住尚貴です」  安田は保住をじっくりと眺めてから、澤井に囁く。 「そっくりだね」 「ええ。似ておりますね」  少し屈みこんだ澤井はそういうと、口元を緩めた。市長は軽くうなずくと保住に視線を戻した。 「私は費用対効果を優先する。効果さえ出してくれれば好きなことをしてもらって構わないのだよ」 「はい」 「ただし、失敗は許されないけどね」 「承知しております」  保住の返答に満足したのか。安田は、澤井を見上げて笑った。 「君に似ていい部下だ」 「ありがとうございます」 「じゃあ、またね」  彼はひらひらと軽く手を振ると、廊下の奥に消える。頭を下げてそれを見送ると、近くにいた田口が近寄ってきた。 「市長ですね」 「気味の悪い男だ。好かん」 「同感です」  二人で話をしていると、今度は少し高音の柔らかい声が響いてきた。 「保住くん。この度は、おめでとうございます」  振り返ると、そこには県庁職員の菜花《なばな》が立っていた。彼はよそ行きな雰囲気で、のんきな調子だ。こういう場所に来ても、気後れしない度胸が据わっているということだ。保住はなんだか笑ってしまった。 「菜花さん」 「こんなレセプションにまでお邪魔しちゃって。……すみませんね」 「来ないかと思いましたけど」 「他のだったら来ませんけど。保住くんの頼みだし。それに、結構、面白い企画だし。いい先生たちともコネクション作れそうですもんね」  「一石三鳥くらいの話でしょう?」 「それを見越して誘ってくれたんでしょう?」   うふふと笑う菜花は、愛らしい笑みを浮かべた。悪巧み的な話を、さも愉快そうに話す保住と菜花は、やはり同じタイプの人間であると確信が持てる。菜花となら、いろいろな企画がスムーズに進み、仕事もやりやすい。 「菜花さん、うちの新人の田口です」 「田口です。どうぞよろしくお願いいたします」  菜花は、にこにこっと田口を見上げた。 「わー! 背高い! とても新人くんには見えないですね! 県担当の菜花と申します。どうぞよろしくお願いいたします」  彼は田口の頭のあたりに手を伸ばして笑う。初対面でこれでは、さすがの田口も苦笑いのようだ。『菜花は、保住と同じくらい変わっている』としか言いようがなかった。 「せっかくですから、出演者をご紹介しましょうか」 「それはありがたい。いいんですか?」 「勿論ですよ」 「やっぱり保住くん、わかってるな~」 「田口、ここ見ておいて」 「しかし……」  なにかを言いたそうにしている田口を置いて、保住はすまない気持ちのまま歩き出した。そばにいる約束をしたばかりなのに。そうもいかない自分の立場に、少々、後ろめたい気持ちを抱いたのだった。

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