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第16章ー第136話 宴のあと
先程までの賑やかさはどこに消えたのだろうかと思うくらい、辺りは静寂。土曜日の深夜、時間は一時を回る。田口は疲れた目頭を押さえながらハンドルを握っていた。
地方の都市だ。この時間になると車の往来は減り、小さい道路の信号は点滅に変わる。停止する度に、振動を抑えようと丁寧に運転をしているつもりだが、道路の状況が悪ければ避けられないものもある。ルームミラーで後部座席を確認すると、腰を押さえながら少しうつ伏せ気味に保住が横になっていた。
「すみません、運転が下手です」
「いや……そう言う問題ではないから気にするな。むしろ、疲れているのにすまない。運転させて」
保住の声はかすれていて弱弱しい。腰の痛みがひどいのだろう。今日は、ほぼ一日立ち通しだ。
——本当に無茶ばかりなんだ。
復帰して一週間しかたっていないのに。こんな夜中まで立ち通し。いくらコルセットをしていても、痛みが半端ないようだ。
——明日は無理なのではないだろうか。
田口の胸には、そんな心配がよぎる。会場を撤収して、一人では帰れない彼を抱えて自分の車に乗せた。本当なら、我が家に連れて行きたいところが、こう疲弊している様子では、無理はさせられない。自分の家がいいだろうと判断し、彼をアパートに送るところだった。
「歩けますか」
「そのくらいは……」
到着して扉を開けるが、言葉とは裏腹に保住は動かない。いや、動けないのだろう。
「手伝いますよ」
「い、いい!」
たまに保住は子供みたいにムキになる。目元を赤くして、彼は起こっているので、田口は待ってみることにするが、彼が起き上がる気配は一向にない。
「やはり、お手伝いいたします」
「悔しいっ!」
田口の手を借り渋々と起き上がった。
「強がりですね」
「うるさい!おれにだってプライドはある」
むうむうと怒っているのは、疲れての八つ当たりだ。田口にしか見せない姿。
彼はそう自負している。保住の腰に腕を回し支える。
「階段、これで登りましょう」
悔しいけど、もう自力では歩けないのだろう。顔を真っ赤にして不機嫌そうなくせに、田口にしがみついてくる様は微笑ましい。
「全くもって思うようにならん」
「仕方ありません」
「くそっ」
室内に入りベッドに彼を下ろす。
「ともかく横になりましょう」
「明日も早いのに」
「明日は本番前に顔を出せばいいのではないですか?」
「そんな事はしたくない」
「無茶言わないでくださいよ」
わがままな小学生か。黙らせるしかあるまい。コルセットを外し腰に手を当てる。直に触れられて驚いたのか、保住は姿勢を緊張させた瞬間、屈み込んだ。田口の手に驚いて体が強張り、痛みが増悪したようだ。痛みに声も出ない。
「……っ、お前なあ……っ」
「もうお休み下さい。座薬入れて差し上げましょうか」
「田口、楽しんでるだろう?!」
「楽しいですね」
「いつか仕返してやるからな!」
こんな調子では、休む気持ちにもならないだろう。興奮している保住を落ち着かせようと、田口は無言で保住の首に手を添え思いっきりキスをした。
「——っ」
彼の腰に手を回してそっと躰を倒す。
「んんっ」
バンバンと肩を叩かれても気にしない。
——保住の味は甘い。
腰に手をあてがっているので痛みは少ないと思われるが、保住は田口を引き剥がそうとシャツを握った。
「んんんっ!!」
唇が離れる。
「田口……っ!」
「いけませんか?」
「いけないって……」
「終わったら、いくらでもしていいと言われました」
「まだ終わっていないだろ?」
「そうですか?」
保住の頬に鼻先をつける。
「やめろ、今日は汗臭い」
「保住さんって、お日様の匂いがします」
「埃臭いって言うのか」
「あ、そうか。お日様の匂いって埃の匂いなんですね」
田口は笑う。失礼な表現だと、言った自分も思うが、あまり嫌な気持ちになっていないのか、保住は文句を言うことはないが、疲れているのだろう。大して言い返すつもりもないようで、「疲れた」とだけ言った。
「でしょうね。お休みください」
「明日は早く起こせ。おれも行く」
「わかりました。ちゃんと起こしますから。寝てください」
そう言って、田口が視線を下ろすと。保住は眠っていた。
「もう、——ですか?」
田口は笑う。かなり疲れていたのだろう。田口の腕に支えられて、安心しきったように眠る彼。
付き合い始めて数ヶ月。まだまだ前に進めてない関係性だが、こうしてそばに彼を感じられるだけで満たされる。風呂に入ろうかとか。色々考えていたが、それは明日の朝でもいいだろう。田口も、そっと彼の頭に額をくっつけて目を閉じる。 疲れた。暖かい。そんな思いを抱きながら——。
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