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第18章ー第150話 お預け犬の暴挙*

「腰、大丈夫ですか?」  キスをやめてそっと耳元で囁かれる。しかし、保住にもわからないことだ。 「――わからない、どうなるのか」 「痛む時は言ってください」  囁きと共に耳たぶに口付けをされると、あっという間に躰が跳ねた。 「……っ! 耳は嫌いだ!」 「嫌い?」  きょとんとした顔をしている田口は、わざとらしく見えて、なんだかいらだった。 「意地悪するな……ッ」  そう言ってやっているというのに。田口は再び、保住の耳元に唇を寄せて「可愛すぎますけど、保住さん」と囁くのだ。彼の吐息が掛かるたびに、腰がざわついて居てもたってもいられなくなる。 「は……うん……、た、田口……」  ねっとりとした田口の舌が耳を嬲る感覚に、思わず目を瞑る。いつもは自分が主導権を握るはずなのに、田口のペースというのが不本意。  しかし真っ直ぐに自分を見つめてくる田口の瞳を見つけてしまうと、妙に胸が高鳴った。  ――まるで、恋する乙女ではないか!  保住は視線を逸らした。しかし、田口の唇は耳元でそっと囁く。 「誰の目にも触れさせたくないですよ。あなたのその顔」 「なにを――?」  ――別に男が好きなわけじゃない。  大友や澤井にもそんな言葉をかけられた気がする。女性としての性経験しかない。男に組み敷かれるなど、ついこの前までは、想像もしていなかったことだ。  世の中には色々な愛の形があるということを理解していた。何事にも無頓着であるお陰で、だからと言って困ることも、恥じることもないのだが――。  あまりにも真っ直ぐで、熱い田口の視線に躰が熱くなるのが恥ずかしいと思ってしまうのだった。田口は保住を気遣うように、辿々しく触れてくる。この不器用さは田口の元来の性格なのだろうか。それとも、緊張でもしているのだろうか。  大友や澤井との行為とは違うのは何故だ――?  ――お互いが手探りだから? 違う。 「ああ。おれ。どんなにこの時を夢見たか。ずっとお預けでしたから……」  広げられたワイシャツの胸元を吸い上げる刺激に喉が鳴った。 「田口……」 「澤井さんと、どんなセックスをしていたんですか? いつもこの辺りにキスマークがついていましたよね?」  保住の肌を強く吸い上げる田口を見下ろすと、「あ……」と自然に声が漏れる。 「いやらしいこと想像していますか?」 「ば、ばかか……っ! というか。なんか苛立つ! お前に主導権を持っていかれるのは、なんだかイライラするぞ」  そう言って、保住は田口を押し返そうとするが無理な話だ。頑丈で逞しい田口の躰はびくりともしないのだ。むしろ、その腕を取られたかと思うと、そのまま押さえ込まれて自由が利かなくなった。 「田口……っ!」  悲鳴にも似た声をあげてみても、それは田口を興奮させるだけのものだということを保住は気が付いていない。  胸の突起を舌で撫でられて、吸い上げられると、腰が大きく跳ね上がった。 「ああ……っ! ま、待て! そこは……」  ちうちうと音が鳴り、口の中に含まれながらも、舌先で転がされると堪らない。 「はっ、や、やだ。田口……っ」  田口の腕は、保住のもぞもぞとする腰に沿って下半身を撫で回す。そして、その手は保住のへそから下に入り込んで、その熱を握りしめた。 「あっ、あ……だ、ダメだ……そんな」 「保住さんだってこんなにしているじゃないですか。おれとセックスするのは嫌ですか? やめたほうがいいですか?」  いつもの優しい大型犬の目は、すっかり情欲に支配されている獣の目だ。真っ直ぐにその瞳で見据えられると、誤魔化したり、嘘を言うことは憚られるものだと思った。 「嫌、じゃない。田口。お前なら、いいぞ……」  保住の返事に、彼は瞳の色を和らげた。 「嬉しいです! 保住さん!」 「だからって……あっ、あん……っ、だ、ダメだって……っ! やめろ!」  田口は保住のベルトを解くと、すっかり興奮しきっているものを取り出してから、口に含んだ。彼が、自分を咥え込む姿を目にしただけで腰がゾクゾクと震える。  澤井と比べると、たどたどしく、粗雑な愛撫だが、それでもなお。彼との情事よりも熱く興奮するのは、自分が田口を好いているからだと自覚した。 「あ、あ、んんっ……っ、ダメだ。そんなに、吸われたら……っ」  荒い呼吸と涙で、意識が持っていかれそうだった。躰を重ね、絡み合うように交わされる視線は、恥ずかしさというより嬉しさの方が大きい。  ――こんなに満たされたことがあっただろうか?  涙がたくさん溢れるのは、嫌いとか、辛いとかではない。  ――嬉しい。幸せ。そんな気持ちで満たされるのか? 「泣かないで」 「泣いてなんか……」 「泣いています。可愛すぎます」 「可愛い言うな。女じゃない。嬉しくなんかない……っ」  ――幸せなのだ。  保住の不安な気持ちを満たしてくれる。田口の不安な気持ちを満たしてくれる。至福の時間。いつもだったら我を失う刺激なのに、何故だろう――?  田口のこと、しっかりと認識できた。  ――相手が田口だから。大丈夫。嫌じゃない。怖くない。  少し遠慮がちだった動きも理性が失われると、ただの欲に成り下がるはずなのに、彼は保住に対して、どこまでも配慮してくれようとしているのがわかった。 「繋がりたい――保住さん」  ヒクヒクと躰は震え、田口を欲しているのがわかる。  ――ああ。田口。早く……。  澤井との関係性から、男を受け入れるのはそう困難なことではなくなった。細い腕を伸ばしそっと田口の首に回すと、彼の熱が感じられた。 「早く挿れろ」  そう耳元で囁いてやると、田口はまるで飼い犬が尻尾を振って喜んでいるように笑う。  腰に回ってきた腕で引っ張られたかと思うと、田口の熱く硬いものが中には入り込んできた。 「……っ」  分け入ってくるその感覚は、久しぶりで眩暈がした。肉が擦れるその刺激。 「キツい……もっと力を抜いて」  口で息をして緩めようとしても、怖い気持ちが先走る。  「お前のが大きすぎるんだ」 「すみません。小さくなりません……」 「ば、バカか!」  思わず笑いそうになって緩んだ瞬間。更に奥深く田口が入り込んできた。 「は……んっ!」 「入った! 入りましたよ! 保住さん」  ――そんなこと、知っている!  文句を言おうと口を開くが、それは全て甘い嬌声にしかならない。 「は、あ……んんっ」   繋がっている場所が熱い。保住は田口の耳元に唇を寄せた。 「保住、さん……?」 「遠慮するな。こんな時まで」  彼の囁きを受けて田口はふと笑む。 「保住さん……」 「――こんなことで、嫌いなどならない」  恥ずかしそうに視線を逸らす保住を見て田口は、ぱっと表情を明るくした。  まるで飼い犬が、飼い主に褒められて喜んでいるみたいな顔。許可が出たことで、彼は本当に嬉しそうに保住を力強く抱きしめた。 「我慢するな」 「でも」 「出せ」  視線と視線がぶつかり、柔らかいそれに田口は心が弾んだ。 「――はいっ!」  こんな時まで律儀。頭の何処かでそんな事を考えると笑ってしまうが、それどころではない。長く我慢してきた思いは、止まることを知らない。  思いを遂げた田口は保住の肩に額をつけて息を吐いた。 「本当は――もっとしたいです」  息を整えた保住は吹き出す。 「な、笑わないでください」 「だって。お前。粗相をして怒られてる犬みたい」 「保住さん!」  田口は顔が真っ赤。保住はおかしくて笑いが止まらなかった。それを見て、戸惑った顔をしていた田口は釣られて笑みを見せた。そして意を決したように声を上げた。 「保住さん!」 「え?」  田口は保住を抱え上げる。 「もう一回、お願いします!」  「は!? お、おい! おれはもう……」 「毎日でもしたいです! ずっとこうしていたいです」 「田口!」  正直、腰が痛い。もう動けないのだが。そのおかげで成されるがままなのに田口は全く気がついていない。保住は青ざめるが、暴走している田口を止めるのはなかなか難しそうだった。

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