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第19章ー第154話 再会

「今日は災難だったな」  疲労困憊な十文字に運転させるわけにもいかず、田口はハンドルを握っていた。会場をみれば、なにか思いつくこともあるかも知れないと思い、星野一郎記念館に向かっているところだった。  結局は、自分がしてもらったことを、彼にしてあげることくらいしかできないと思いながら――だ。 「すみませんでした。おれ、余裕なさすぎですね……まさか、副市長が来るなんて思いもよらなかったもので」 「それはそうだ。みんな同じ気持ちだ」 「でも、みなさん、よく知った感じですよね」 「澤井副市長は昨年まで教育委員会事務局長だったからな。おれたち、毎日のように叩かれていたし」 「あの人が事務局長!? ああ……胃が痛くなりそう」 「佐久間局長の時代に配属されてよかったな」 「うう……でも、――係長も怖いです」 「怖いわけではないのだ。仕事に関しては妥協しないからな。自分にも厳しいが、周りにもそれを求めてくる。それだけだ」  十文字はため息を吐いた。 「田口さん。すみません。お荷物みたいですね。おれ――」  彼を見ていると配属になったばかりの自分みたいで、田口は苦笑した。 「おれも同じだったな」 「そう言えば、田口さんも泣き喚いていたとか」 「泣き喚きはしない、……いや。そうかもな。大騒ぎをして係長の手を煩わせた」 「そんな風には見えませんね」 「そうか? ダメ出しばかり。どうしたらいいのかも教えてくれない。それじゃ、泣きたくもなる。この部署での一番の落ちこぼれだし。足を引っ張るお荷物だと思った」  田口の言葉に十文字も笑う。 「ああ。おれ今はそんな気分です。田口さんも同じだったなんて。みんなが通る道なのでしょうか?」 「そうだな」  星音堂(せいおんどう)の駐車場に公用車を停めてから、田口は十文字を見る。 「係長はできない奴に、できないことを求めることはしない。お前にこの仕事を渡したってことは、できると踏んでいるからだ。締め切りを過ぎても待っていてくれるのは、お前の可能性を信じているという証拠でもある。――大丈夫だ。悩んで悩んで、道は開かれる。おれもサポートするから。頑張れ」  彼はじわっと涙を浮かべた。 「田口さん……」 「もう少しだろ?」 「はい」  星音堂と星野一郎記念館の駐車場は共用だが、配置上ストレートで行けない。一度、敷地外の歩道に出て記念館に入り直す。田口と十文字は、歩道に出た。  午後三時を回ったところだ。信号を挟んで向かい側にある大きな総合病院に用事がある人たちが歩いていて賑やかだった。往来する人の邪魔にならないようにと注意していたものの、歩道に出た瞬間、向こうから歩いてきた若い男とぶつかりそうになった。 「すみません」  田口は避けたが、ぼんやりとしていた十文字は案の定ぶつかった。相手もぼんやりとしていたようで、ぶつかるまで気がつかなかったのか、驚いたような顔をしていた。 「こちらこそ。失礼いたしました」  礼儀正しい男だと田口は思ったが、ぶつかった十文字は男の顔を見ると、そのままの姿勢で固まってしまっていた。 「――十文字?」  思わず彼の名を呼ぶ。相手の男も十文字の反応に違和感を覚えたのか、目を瞬かせて彼を見返したが、ふと表情を明るくした。 「十文字?」 「やっぱり! (ひらく)?」 「わ、なんだ。やだな。こんなところで……。久しぶりじゃない」  男は嬉しそうに十文字の腕を握った。 「あれ、どうしたの? こんなところで……。お見舞い?」  (ひらく)と呼ばれた男は、笑顔で首を横に振る。 「おれ、今ここで働いていて。これから夜勤なんだよ」  彼はすぐそばの総合病院を指さした。 「そっか、そうなんだ……」 「十文字は?」 「おれは梅沢市役所。星野一郎記念館の担当をしていて、今日は仕事で……」  そこまで言ってから、十文字は、はっとしたように田口を見た。差し詰め、仕事中であることを思い出したのだろう。 「すみません。田口さん」 「いや、いい」 「ごめん。仕事中だったんだね」  十文字は視線を彷徨わせた。相手の男も「懐かしい」という割には、なんだかよそよそしい。なんだかはっきりしない二人の態度は、第三者が見ても煮えきらない。田口は十文字に連絡先を交換するように促した。 「十文字。後でゆっくり話するように連絡先でも交換させてもらったらいいのではないか」 「そうですね。おれも仕事遅刻しちゃうし。また、今度会えるようにしようか」  彼はそう言うと、携帯をポケットから取り出した。それにつられて十文字も胸ポケットに入っていた携帯を取り出した。 「あ、ありがとう……」  田口は二人から少し離れて待つ。二人は連絡先を交換したのか、頭を下げたり、手を振ったりして別れた。 「すみません。懐かしい人です」 「そうなんだ。奇遇だな」  田口は笑う。別段、詳しいことを聞くつもりはないが、十文字は話を続けた。 「高校の時の知り合いで。まさか会えるなんて……」  何度も同じような言葉を話す十文字。 「結構、大切な人ではないのか」 「え!?」  田口の言葉に、十文字は、これでもかと真っ赤だ。真面目くんなのに。ここ最近の彼は形無し。田口は思わず吹き出した。 「ごめん、そういう変な意味じゃなくて」 「へ、変ってどういうことですか。――嫌だな。田口さん」 「すまない。ただ、そんな風に感じただけだ。変な意味はないのだ」  田口はフォローするが、十文字は黙り込んだ。  ――なんだろう? 変なの。

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