155 / 242

第19章ー第155話 好きは止められない

 保住の作った夕飯を食べながら、田口は今日の十文字の話をした。鯖の焼き魚をくわえて、保住は笑う。 「お前の考え過ぎではないのか?」 「そうなのでしょうか?」 「みんな疲れているからな。少し変だ」 「そうですね。谷口さんも彼女出来たって言いますし」 「全くだ! 喜ばしい」 「そうですね」  保住の手料理は美味しい。田口は料理がからきし下手だが、それ以外の家事は保住よりも秀でている。ちょうど役割分担が出来て具合がいい。 「それよりも、十文字は大丈夫だろうか?」 「おれに聞かないで、ご自分で確かめたらいいじゃないですか。心配なんでしょう?」  ――素直じゃないんだから。  田口は笑ってしまった。 「いや、だって。おれのことは鬼だと思っているようだ」 「保住さんも、そんなしおらしくすることあるんですか? いつも、ずんがり行くタイプなのに」 「おれだって、そういう時はあるのだ」  保住は顔を赤くする。くるくると変わる表情は田口には刺激的。 「そうなんですか」  ――保住さんが好き。  そんな気持ちで溢れてしまうのだ。 「また! そうやって馬鹿にして」 「馬鹿になんてしていませんよ」 「そうだろうか?!」  保住は箸を振り回して抗議をした。 「記念館に最初に行った時もバカにして見ていただろう?」 「そんな昔のこと、よく覚えていますね」  確かに。初めて星野一郎記念館に連れて行かれた時、ふと見た彼の笑顔に釘付けになってしまったのだ。  最初の頃は、保住のやり方や態度、仕草に戸惑って苦手だと思っていたのに、驚いてしまったのだ。その時のことを言っているのだろうか。 「あれは傷ついたからな!」  ――子供か。ムキになって。根に持つタイプかな?  そんなことを思いつつ、目の前の彼を見ると、つい、心の声が洩れ出てしまう。 「可愛い……」 「え?!」 「やめてくださいよ。保住さん」 「え? な、なんだ? おれが怒っていると言うのに」  田口は箸を置くと、そっと体を伸ばして保住をぎゅうぎゅうと抱きしめる。 「こら! 今はそういう話ではないぞ」 「いいえ。そういう話なんです」 「なにを?」 「記念館で見ていたのは、あなたの笑顔に心奪われたからです」 「なっ!」  保住はこれでもかと顔を真っ赤にした。 「今笑ったのも、あなたが可愛いからです」 「お前!!」  田口は、抗議の声を上げた保住に口付けをした。 「は――」  同じものを食べているからか。保住は同じ味がした。冷たい唇を舐め上げ、それから口内も味わう。 「んんっ! ダメ!」  バチンッと顔面を平手で叩かれて、田口は渋々と唇を離した。 「飯が先だ!」 「そうでした。つい。すみません」  口元を拭い田口はしゅんとした。 「お前といると調子が狂う」 「では一緒に住むのはやめますか?」 「やめない!」  ――素直じゃないんだから。  恥ずかしげに視線を伏せる仕草を目にするだけで、田口の胸は高鳴った。  ――保住さんが好き。大好き。  好きが止められない。保住を前にして、田口の恋慕の念は止まらないのだ。

ともだちにシェアしよう!