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第19章ー第157話 ヘロヘロ
保住に書類を見られている時の緊張感は、並ならぬ重圧。寝不足もあるし、失恋の傷もある。憔悴仕切った十文字では、保住の「やり直し宣告」は受け止めきれないのではないかと思う。
赤ペンをクルクルさせて、退屈そうにしている彼。
――ああ。ダメ。
十文字は目を瞑った。
「いいんじゃない」
「へ?」
「だから、コンセプトは合格」
保住の言葉に十文字は腰砕けになって床に座り込んだ。
「十文字!?」
田口が慌てて駆け寄ってきて、彼を助け起こした。
「す、すみません」
――かっこ悪。
しかし、そこにいる仲間たちは、みな笑顔で十文字を見ていた。
「ただし」
ほっとしたのも束の間、保住の柔らかい声色が響いた。
「こんな企画書有り得ない。田口にでも教えてもらえ。新しいのが出来たら出せ。期日は明日の朝一な」
十文字は田口を見る。彼は「任せて」という瞳の色で頷いた。
「田口さん……」
――泣きそう。
「田口、残業しても徹夜してもやらせろ。もう限界だ」
期日が待てないと言うことなのだろう。保住の言葉に田口はさらに頷く。
「承知しました」
「あ、ありがとうございます……っ!」
***
十文字のコンセプトは、星野一郎を基準にした企画ではなかった。市内の合唱部を持っている高校の持ち回りコンサートだった。
合唱が盛んな梅沢市内には、合唱部を持つ高等学校がたくさんある。どの部もレベルは高めで全国大会の常連組が多い。
同じ曲でも、演奏家が違えば印象は随分変わるものだ。
混声、女声、男声、少人数、大人数。
マニアが喜びそうな企画でもあるが、田口同様に、未成年者が出演すると、必然的にギャラリーには家族がやってくる。集客も見込めるのだ。
友人から「十文字は合唱ヲタクなんだから、それを駆使したらいいじゃない。合唱オンリーのマニアックな企画もありだと思うけどな」と言われたことで思いついたと十文字は話した。
――おれの時より随分と遅れているのだろうな。保住さんが珍しく焦っているようだ。
「ここはこう言う書き方ではない。目的だ。目的には二種類ある。なんだかわかるか」
「えっと。おれたち主催側のものと、市民向けのですよね?」
「そうだ」
「そう言われると、では、こんな感じで」
パソコン上で十文字が打ち直したものを覗き込む。
「いい。随分よくなった」
「ありがとうございます」
「では、次」
ふと十文字の横顔を見ると、目元が痙攣していた。
――疲れているのだろう。
田口は立ち上がった。
「コーヒー持ってくる」
「あ、おれが」
「いやいい。休んでいろ。寝ていないのだろう?」
「一時間くらいは……寝ました」
「休んだほうがいい。先はまだ長い」
保住の配慮で、二人はノートパソコンを持って会議室にいた。事務所では電話が鳴ったり、雑音があったりするからだ。
時計の針は昼前。なんとか残業なしに仕上げたい。
十文字が可哀想だからだ。売店に行って紙コップのコーヒーを買い会議室に戻ると、彼は机に突っ伏していた。
「十文字……」
――少し寝かせてやろうか。
そう思ったが、田口の気配に気がついたのか、彼はすぐに覚醒した。
「はっ! すみません。寝てました?!」
「大丈夫だ。もう昼だし。早めに休憩してもいい」
しかし十文字は、パンパンと自分の手で頬を叩いて気合いを入れた。
「やります! もう少し!」
「根性あるな。合唱部」
「剣道部には負けませんっ!」
田口は苦笑してコーヒーを渡す。
「ただし、少し休もう」
「わかりました」
段々と夏の気配。熱いコーヒーよりアイスコーヒーが飲みたくなる時期になってきたものの、疲れているときはこれに限る。
「合唱部も厳しそうだな。この前、関口先生にお会いした時、マネージャーの有田さんに、音楽は体育会系と一緒だと言われた」
「関口――先生ですか」
「関口圭一郎だ」
「すごい! すごい先生ですね」
「事業見ただろう? 昨年度の末に行われたオペラだ。そう頻繁に開催はできないが、年に一度は開催したいと澤井副市長は意気込んでいるようだ。ただし予算がかかる。今年実現するかは微妙だけどね」
「確かに。でもいいなー。おれも出たかったな」
――そっちか。
田口は音楽を奏でるという感覚がないから見る側の意見だが、十文字はずっと音楽をやってきた男だ。そういう感覚なのだろう。
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