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第19章ー第158話 過去の恋、現在進行形の恋

「楽譜見る?」 「み、見たいです! あ――でも。これ終わってから」 「それはそうだが。今日中に終わらせる。大丈夫だ」  田口が笑ってみせると、十文字も笑顔を見せた。なんだか彼の久しぶりに見た気がした。  ――随分と辛い思いをしているのだろうな。  自分の時のことを切々と思い出す。 「田口さん」 「ん?」 「どうやったら失恋連敗を止められるものでしょうか」  突然の言葉に、田口は面食らった。一応、建前では恋人がいないことになっているから。そんなことを言われても困ってしまう。 「恋人のいないおれに聞くか? 谷口さんに聞けよ」 「あ、そうか。田口さん。でしたっけ」 「事実を突きつけるな」 「すみません」  十文字はため息を吐いた。彼は、浮かない顔だった。仕事だけのことではないようだということがわかった。  ――やはり……昨日の男。 「昨日の人……」  田口の呟きに、十文字は弾かれたように顔を上げ、それから両手を振って思いっきり首を横に振る。 「ち、違います! 違います! (ひらく)は男で。そういうんじゃ……」  必死な否定は肯定にしか聞こえない。田口は苦笑した。 「梅沢高校では、って聞いている。それに――おれは別段、理解がないわけではない。驚かないつもりだ」  十文字は手を引っ込めて、それから黙り込む。そしてぽつぽつと話しだした。観念したのだろう。 「おれ。ずっと音楽部で。ああ、合唱部のことを音楽部って言うんですけど。梅沢の音楽部って全国常連で有名なんです」 「前に言っていたな」 「それで、大会とかでいろいろな高校とも交流をするんですけど。(ひらく)は、(あおい)高校の合唱部でした」  (あおい)高等学校。ここから車で一時間程度のところにある(あおい)市にある進学校だ。梅沢市で言えば梅沢高校のポジションにあたる。 「あいつは副部長で、おれは渉外長やっていたもんですから、他校との交流は一切任されていて……それで、(あいつ)と知り合ったんです。顔を合わせる機会はそう多くなかったんですけど、メールしたり、電話したりする内に、気になる存在になっちゃって、いつの間にか好きだったんだと思います。今になってみると、どこをどう好きだったのか、どこまで本気だったのか、わからないですけど……」 「だけど?」 「当時は本気だったんだと思います。でも結局は、なにも言えなくて。当たり障りなく友達で過ごして……。あいつの恋愛話の相談なんかに乗っちゃったりして。……ああ! 本当、おれって馬鹿!」 「そういうタイプだな」  田口は頷く。 「田口さん! 本気ですか?」 「そう見える」 「ああ、やっぱりそうなんだ」  十文字はがっくりとうなだれた。 「うう……」 「で? 結局はなにもなかったわけか?」 「そうなんです。――そんなこんなしているうちに、(ひらく)は体調崩しちゃって……」 「――え?」 「おれが知り合った二年の終わりくらいから、脳腫瘍抱えていたんです。頭痛、酷そうだったから、手術するように言っていたんですけど、大事な三年生の時期だし、重要な役割も担っているあいつに強く言えなかった。そんなことしている間に、あいつ倒れて。緊急手術です。頭いい子だったから、もっといい大学行けたんだと思うんですけど。結局、大学受験も思うように間に合わなくて、看護大学に」 「そっか。それで。看護師さんね」  ――男性の看護師か。  田口には馴染みがないが、優しそうな男だった。  線の細い、少し色素の薄い瞳が印象的だった。ぱっと見、保住と一緒で、男受けするタイプだと感じてしまっていた自分がいたが。  そういうことかと田口は納得した。昨日出会った時の違和感。よそよそしい二人の感じ。十文字の話で妙に納得してしまった。

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