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第19章ー第160話 後輩に教えられること

「十文字は我慢強すぎるぞ」 「そうでしょうか」  田口は、コーヒーのカップを置いて続ける。 「おれの場合は、相手にもその辛さを強いていたということだ」 「え——?」  十文字は目を瞬かせたが、気にしない。 「おれの強い思いをあの人が感じ取っていたから。あの人も苦しんでいたのだと思う。おれの思いに引っ張られて。どうしたらいいのかわからなかったようだ」 「そんなこと……あるのでしょうか?」 「おれも正直、そんなことあるのかって思っていた。だけど事実そうだったのだ。思いは隠していても、滲み出てしまうものらしい。だから、きっと相手もお前の気持ちには、気が付いているのではないだろうか」 「そんな……」 「おれは思いをしまっておけばいい。困らせたくないって思っていたのに結果的には、そんな思いで相手を思い悩ませた。おれがはっきりしなかったからだ。もっとしっかりしていれば、あの人に苦しい思いなどさせなかった」 「はっきりさせたんですね」 「そうだ」 「それで独り身?」  十文字は笑った。 「嘘ですよね。田口さん」  今度は田口が目を見張る番だった。 「田口さんは独り身の寂しい男には見えません。ちゃんと自分を肯定してくれる大切な人がいる。自信が感じられます」 「そ、そんなことは……」  今度は田口がタジタジになる番だった。 「田口さんが、おれと(ひらく)の一瞬を見て、感じ取っているように、おれも分かりますよ。田口さんの大事な人は、係長ですよね?」  ――ばれているのか。ばれているのだな。  田口は顔を熱くして黙り込んだ。 「大丈夫です。誰にも言いませんし。きっと渡辺さんと谷口さんも、二人はって思っていますよ」 「ばれているのか?」 「そこまで想像しているかどうか、わかりませんけど。——おれは同じ穴の狢だからわかることです。係長も田口さんが好きで仕方がないみたいですもんね」 「そうだろうか。おれは、いつもダメな奴扱いだ」 「そんなことないです。こうしておれに田口さんをくっつけてくれたのも信頼しているからじゃないですか。田口さんこそ自信持った方がいいです。せっかくこうして一緒にいられるんだから。大事にしなくてはいけませんよ」  彼に説教されるとは思ってもみなかった。田口は苦笑いだ。 「お前に言われるとはな……」 「羨ましいです。お二人」 「そんなことは……」 「聞いてもらって嬉しかったです。少しすっきりしました。この仕事終わったらちゃんとしてみようかなって思います」 「十文字」 「振られるのは必須なんですけどね。少しは前に進まないと」 「そういうことだな」  田口は頷いた。十文字は成長してくれている気がする。泣きべそかいて、寝不足でボロボロだけど。   ――頑張っている。頑張るのが嫌いって言っていたクセに。頑張れるじゃない。  最初の見立ては訂正だ。  ――彼は立派な男。  文化課振興係の一員だ。 「もう少しだ。頑張ろう。残業なんかさせないから。さっさと時間内に終わらせてやる」 「はい! ありがとうございます!!」  十文字は表情を明るくし田口を見た。自分を育ててくれる保住が、思い悩んでいた姿を思い出す。  ――後輩を育てるって難しい。  保住は様々なことを難なくクリアしてしまうので、自分のような落ちこぼれに指導するのは難しかったのではないかと思う。自分が出来ることと、それを人に教えるということはまた違う作業だ。  ――おれの教育の時は、苦労したのだろうな。  その立場になって初めて知る。温かい気持ちを覚えながら、十文字の企画書づくりに付き合った。

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