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第19章ー第163話 前市長の息子
それからしばらく食事をして話をして、田口がトイレから戻ると、十文字はテーブルで突っ伏して寝ていた。
「疲れていたからな」
――自分にお礼している場合ではないのに、全く……。
そんなことを思っていると、石田が皿を下げに来た。
「なんだ。寝てしまうなんて」
「いや。ここのところずっと眠れてない状況だったから、仕方ない」
「そうなんですね」
石田は困った顔をした。
「田口さん、――こいつちゃんと仕事していますか? 高校時代はちょっとした有名人だったんですよ。こいつ、当時の市長の息子だったんです」
「え? ああ。あー、確かに、前の市長は十文字だな。おれが入った年に市長改選で変わった」
「そうです。こいつの親父さん、体調も悪かったから引退したんですけど。甘やかされて育ったおかげで、頑張る事は嫌い、ダメなら最初から取り組まない的な性格なんですよね」
石田の言葉は十文字から聞いている本人の認識と大体一緒だ。だけど――。
「彼も自分自身のことをそんな風に評価していたが……果たしてそうなのかと思う」
「そうですか?」
「確かに。彼のプライドは自分を守る方に働いているようだった。だが今の部署ではそれは許されない。自分を守ることに使うプライドなんて、粉々にされる。むしろそう言ったプライドは、仕事への取り組みに方向転換しなければならないのだ」
「キツイ職場だなぁ」
――確かに。キツイ。出来ない奴は生き残れない。
最初は緩い雰囲気だと思ったが、市役所のどこよりも厳しいかも知れない。だがそんな中で培われるものは、市役所職員としてのプライドだ。
「十文字は着いてきているよ。無理してるのは承知だが、弱音を吐きながらも止めないんだ」
「意外です」
石田は目を細めて十文字を見下ろす。
「こいつ。今日久しぶりに見たら、いい顔してるなって思ったのは、そう言うことですか」
「ああ。本当に頑張っている」
「ありがとうございます」
「え?」
「いや。こいつの殻を破ってもらって。いつもそのプライドでなにも始まらないし、成長出来ない奴でした。なんとかしてやりたくても、おれたちでは見ていることしかできなかったし」
「やったのは係長で、おれじゃないけどね。少しも手伝ってやれなかった」
「いやいや。きっと、こうしてお礼しようとここにきたのだから、きっと田口さんには感謝しても仕切れないのだと思いますよ。そういうのも淡白な奴です。――しかし怖い係長さんなんですね」
「怖いって言うのか。真剣で真面目なだけって言うか。ああ、見た目は真面目そうには見えないが」
「なんです? それ。面白そうな人だ。今度、連れてきてくださいよ」
「あの人におしゃれな店は、似合わなからどうかな?」
保住がここに座っているなんて、想像がつかない。なんだか愉快な気持ちになった。
「それにしても、よく寝ているな。どうしたものか」
田口は苦笑して十文字を見つめる。石田も困った顔を向けた。
「おれも店、まだ閉められないしな。十文字、起きろ」
石田が肩を掴んで振るが、起きる気配はない。
――爆睡か。
「仕方ない。おれが預かりましょう」
「そんなところまでしてくれるんですか? ここに寝かせておいてもらえば、店閉めた時に面倒みます」
「いや。今日はおれのために無理してここに来たんだし、おれが責任を持ちます」
田口はお代を払ってから十文字をおんぶした。
「田口さん、逞しいですね」
石田は呆れて笑った。
「体育会系も捨てたもんではないです。ご馳走さまでした」
「ありがとうございます」
田口は喫茶店を後にした。
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