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第19章ー第168話 歓迎会

 翌日の夜。十文字の企画書が通ったということで、文化課振興係恒例の歓迎会が開催された。が、しかし――。 「なんだっつーんですか! 全く! バカにして! おれだってね。必死なんですよ!」  ダンっとビールのジョッキをテーブルに叩きつけた十文字は目が据わっていた。 「なにが市長の息子だっつーんだ! おれがなにをした!」 「こいつ」 「かなりの」 「酒癖の悪さだな」  谷口、渡辺、保住は苦笑いをした。 「まあまあ。落ち着けよ。十文字」 「あのねー! 田口さんは、わかってないっす! 恋に破れた男のハートはズタズタなんっすよ」  最初は市長の息子であることについて暴言を吐いていたくせに、いつの間にか失恋の話を宥めすかしている田口の顔色は青ざめていた。  ――結局ダメだったのか。  十文字の初恋は見事にハート・ブレイクらしい。 「失恋か」  保住は気の毒そうに渡辺を見ると、彼も肩を竦めた。 「怒っているのは、仕事のことじゃないみたいですね」 「全く手がかかる新人だ。今時ってやつですかね」  三人は質の悪い十文字を田口に任せて、こそこそと話をしていたが十文字は見逃さない。 「そこ! 悪口言わない!」  ビシッと指差して、怒り出す。 「別に悪口を言っているわけじゃ……」  口を挟むと、その相手に絡む仕組みらしい。今度は谷口に絡み始める。 「はいはい。谷口さんは、今! まさに幸せ絶頂期ですか? 幸せですか? ああそうですか!!」 「八つ当たりすんなよ」 「なんでですか! 悪いんですか? 八つ当たりしちゃ」 「誰かこいつの口を封じてくれ」  保住も頭が痛むようで、こめかみに手を当てた。 「あー、そんなこと言って! 係長!」  今度は保住の隣に座り込む。みんなが逃げ腰なのにも関わらず、「仕方がない」と保住は十文字に向き合った。 「わかった。なんでも聞いてやるから。話してみろ」  保住は酔っている。彼は酔うと人の話を何時間でも聞いてしまう悪い癖があるのだ。昨年の飲み会でも、矢部のアニメの話を延々と聞いていたくらいだ。 「本当ですか?」 「ああ、いいぞ。話せ」  みんなが聞いてくれない態度だったせいか、悪態をついて反発をしていた十文字だが、急に泣き出して保住に抱きつく。 「係長ー! おれだって、おれだって。ずっと好きだったんだー」 「わかった、わかった。十文字の辛さは理解する」  よしよしと背中をトントンとしてもらう十文字は泣き出した。 「なのに、なのにー! 何年たっても失恋です!」 「お前には、お前を大事にしてくれる人がいる。大丈夫だ」 「そんな人、いませんよ……」 「大丈夫だ。こんなおれにも、できただろう?」  ふと漏らす彼の言葉に食らいつくのは渡辺と谷口だ。 「え!? 係長!」 「とうとう恋人出来たんですね!」 「やっぱり!」 「最近、雰囲気違うもんな」 「あー……っていうか」 「係長……」  田口は呆れた。自分には「お前はすぐに人にばらす」みたいなことを言うくせに、自分だって同じではないか。  少々非難の目で保住を見ていると、そんな彼の気持ちなんて知る由もない渡辺と谷口は、田口を慰めにかかった。 「田口、ショック受けるなよ」 「失恋したもの同士、傷の舐め合いをしろ!」 「あの……」  十文字のことなはずなのに、なぜ自分に来るのか? と思うと、田口は笑うしかない。  結局、ここの飲み会で、いつも損な役回りは田口ばかり。渡辺と谷口にいじられて、勘弁して欲しいものだ。十文字はまだまだ保住に甘えているし。気が気ではない。 「係長って、飲むとほわほわで可愛いです」 「ほわほわって何?」  目を瞬かせて十文字を見上げると、彼はますます、ぎゅうぎゅうと腕を掴んできた。 「こら! 失恋の痛手を係長で晴らすな」  渡辺が言いかけた瞬間。渡辺と谷口の絡みを振り切って、田口は十文字の首根っこを掴まえて引き剥がした。 「あわわ」 「出た! ディフェンダー!」  谷口は頬を赤くして、口元を抑えた。 「触れるな」  耳元で囁やいてやると、十文字はブルブルするばかりだ。 「ご、ごめんなさい」 「怖っ! 田口」 「ますます磨きがかかるな」  二人はきゃあきゃあと騒ぐが、保住は段々と眠くなるいつものパターンだろう。静かに、確実に眠りに誘われているのだ。  もうこうなってしまうと、状況なんてわからない。 「そろそろ、お開きにしようか……」  そんな事を呟きながら、みんなが騒いでいる横で、テーブルに突っ伏して夢の中へ……である。  これもいつものこと。  保住は酔い潰れ、田口と十文字は取っ組み合いの乱闘騒ぎ。渡辺と谷口は、茶を入れて楽しんでいるだけだった。  新しい振興係は今日も元気に大交流会であった。

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