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第20章ー第170話 呼び出し

 週明け――。失恋の痛手で惨憺(さんたん)たる顔で来るのかと思ったが、十文字は元気だった。 「おはようございます! 金曜日はお世話になりました」  笑顔で出勤してきた彼は、自分のしでかしたことは覚えていないらしい。彼はさっそく田口に頭を下げた。 「本当に色々とありがとうございます。田口さん、これからもよろしくお願いします」 「なんだよー、おれたちには?」  渡辺や谷口がからかうように口を挟む。 「もちろんです! 渡辺さん、谷口さん。そして、係長」  自分の名前を呼ばれて保住も顔を上げた。 「みなさん! こんな馬鹿なおれですけど、どうぞご指導のほどよろしくお願いします」 「そんな硬い挨拶するな」  保住はこういうことは苦手だ。気恥ずかしくて、思わず視線を逸らした。 「そうだそうだ。まだ始まったところだろう?」 「これからがますます大変だからなー」  二人に冷やかされると、十文字は恥ずかしそうに自分の席に座った。  週初めの朝はどこか浮き足立っている気がする。パソコンに視線を向けていると、隣にいた田口が内線の対応をした。 「おはようございます。振興係の田口です」  ――こんな朝から誰だ?  そんなことを思考の片隅に置きながら、キーボードを叩いていると、田口の次の言葉に不穏な空気を感じ取った。 「電話当番は決めておりません。出られるものが出ます。いえ、失礼いたしました。事実を述べたまでですが、不愉快なお気持ちにさせてしまったのでしたら、謝ります」  田口が険しい顔をしているのを見て、頬杖をついて保住はじっとその様子を眺めた。 「係長は……」  田口にこんな険しい表情をさせる相手なんて一人しか思いつかない。不愉快な気持ちになって、彼に声をかけた。 「来いって?」  保住の視線を受けて、田口は意図を汲み取ったのだろう。小さく頷いてから口を開いた。 「参りますと申しております」  会話はそれて終わりなのだろう。田口は受話器を戻すと、保住をじっと見つめていた。 「副市長室までとのことです」 「げ、澤井副市長か」 「なんの用なんでしょう?」  渡辺たちの言葉に微笑を浮かべて、保住は歩き出す。 「ちょっと行ってきます」 「係長」  無視するわけにはいかないのだ。心配そうな田口には申し訳ないが、保住は廊下に出た。 ***  田口は保住が出て行く後ろ姿を見て不安な気持ちが隠せない。ここのところ、彼との接点が皆無だったおかげで、耐性がないのかもしれない。動悸がして変は冷や汗が背中を流れた。 「席を外していると言いたかったんですけど」  落ち込んだ。  ――どうして「いない」と言えなかったのだろう?  どす黒いあの重低音に負けた気がする。ガックリと肩を落とすと、渡辺と谷口はフォローしようと声をかけてくれた。 「そう言っても、先延ばしするだけだろう? 仕方ないって」 「そうだよ」 「すみません……役に立たない」  十文字だけは意味がわからず目を瞬かせているだけだ。  ――澤井さんが近づくのは嫌だ。  心がざわつく。  ともかく、嫌だった。

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