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第20章ー第171話 お久しぶりです
「入りますよ」
躊躇 うこともなく、保住は副市長室のドアを開けた。秘書課のお付きの者はいなくて、中には澤井が一人だった。
「そこに座れ」
指示された応接セットに腰を下ろすと、澤井が資料を手に向かい側に座った。そして保住の顔を見据えてから、ふと口元を緩めた。
「なんだ! 小綺麗になったな」
「そうですか?」
「田口がせっせと世話を焼いている姿が目に浮かぶようだな」
――嫌味か? なにを言いたいのだ。
保住は黙って不本意な意思表示をすると、澤井は相手にする気もない様子でそれを無視した。それから資料を保住に差し出した。
「なんです?」
――『市制100周年のアニバーサリー企画』?
「三年後ですね」
「――金が動く。来年度から準備していく」
「どこの部署が担当するのです?」
「新規で市制100周年記念事業推進室を立ち上げる」
「なるほど」
「室はどこにも属させない。おれ直轄にする」
「そうですか。そこに異動になったら、この世の終わりと言うわけですね?」
保住の嫌味も久しぶりだと言わんばかりに、澤井は笑った。
「その、『この世の終わりの部署』の長にお前を指名する予定だ」
保住は目を細めた。
「ご冗談を。副市長直轄の室では、部長、次長クラスと同等の扱いじゃないですか。係長のおれが担えるとは思えません」
「大丈夫だ。等級は課長クラスに抑えてやるから」
「そう言う問題ですか」
「そう言う問題だ」
――破天荒なことばかりする。
「組織のルールを遵守しろとおれに教え込んだのは、あなたですよ? 組織が崩壊します」
「おれが副市長の間はそんなことにはならん。安心しろ。市制100周年まではなんとかこの座にいる予定だ」
「そうですか……でも、そんな内々の話、おれにしていいのですか?」
澤井は資料の二枚目を見るように指示する。推進室は室長を含め四名で構成予定と記載されている。
「田口を連れて行け」
「田口、ですか」
「お前の恋人だからではない。あれはお前ほどではないが仕事ができる。後の二人はお前が好きな奴を選べ。無茶な仕事をさせるのは重々承知だ。だからそのくらいは、お前に決定権を持たせる」
「選べと言われても、選べるほどたくさんの職員のことを知りませんよ」
「そうなると思ったから」
澤井はもう一枚の紙を渡す。
「現段階で適切と思われる職員一覧だ。そう多くはない。この中から選んでもいい。もう少し素行や仕事ぶりを見たいなら、調査を入れてやる」
「なんだか穏やかではありませんね」
「それだけ失敗は許されない」
澤井は続ける。
「たった四名で三年あまりのアニバーサリー事業を回すのだ。一人でも使えない奴がいれば他の職員が潰れる。チームワークが取れない奴がいたら、うまくいかない。わかるだろう? お前のやり方を理解してくれて、一人一人の能力が高い奴を選定しなければならない。だから、早めに話をしておいた」
澤井の考えはよくわかる。保住は頷いた。
「話はわかりました。しかしそんな重要なポストをおれに当てがって、あなた自身は平気なんですか」
「平気?」
「そうです。あなたの取り巻きたちが黙っているとは思えませんけど」
取り巻き。澤井派の人々。つまり、反保住の考えのある人たちだ。
「そんなことを心配するのか? お前が。それを言うなら、お前も説教されるだろうな。吉岡や水野谷に――」
「おれは父ではありませんから。怒られるくらいでしょう。それに別に吉岡さんたちに支持してもらうような人間ではありませんから。おれは、おれなりの人間関係を作りたいだけです」
「そんな自由が許されないのはよく理解しているだろうに」
澤井は笑った。
「今日の話は他言無用だ。まだ田口にも言うなよ」
「承知しました」
保住は頭を下げて立ち上がる。
「目星着いたら直ぐに知らせろ」
「着けばいいですけど」
澤井の部屋を後にして、保住は廊下で立ち止まった。面倒なはずだが、市制100周年の仕事は魅力的。
――やりたい。
既にアイデアは浮かんできてしまうのだ。現場にいれば日々の仕事は楽しい。だが管理職なりの楽しみ方もあるのは理解してきたところだ。自分でもわかっている。まだまだ経験もない。だが、やりたい仕事をやらせてもらえるのは嬉しい。
田口にも言えないことだが、心のどこかでワクワクとしてくるのが認知できた。
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