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第20章ー第172話 対峙

 資料を眺めてから吉岡はため息を吐いた。副市長室への呼び出しは茶飯事だが、いつもは現場担当者も同席が多い。「一人で来い」と言う指示に何事かと思えば……。 「副市長。結構な無理難題を押し付けてくれますね」 「できないのか?」  財務部長の吉岡は人の良さそうな顔を曇らせた。 「できるとか、できないとかの問題ではありませんよ。昨年のオペラも結構な経費でしたのに。またですか」 「市長の了解は得ているのだ」 「それはわかりますが」  副市長室の応接セットで二人は対峙していた。  澤井は背もたれに体を預け、威圧的に吉岡を見ている。しかし彼は怯むことなく飄々とした表情で咳払いをした。 「打ち上げ花火的な事業は続きませんよ」 「そんなことは承知でやるのだ」 「澤井さん」 「吉岡。百年に一度のお祭りだぞ? 派手さがなくてどうする。どうせ、記憶など頼りにならないものだ。どんなに素晴らしいものでも、誰一人として記憶にとどまることはない。わかるか」 「それは」 「マスコミや市民が好むのは、新聞の一面を飾るような華々しいパフォーマンスなのだ。その時だけ夢に酔いしれればよい」  澤井は笑った。 「お前に仕事を教え込んだ父親も、さぞガッカリだな。安全パイばかり選ぶ腰抜けになったな。吉岡」 「澤井さん。焚き付けても無駄ですよ」 「詰まらん男だ」  吉岡は目を細めて澤井を見つめる。 「無茶な出費も困りますけど、もう一つ。個人的に。あなたが保住を可愛がるのが目に余りますね」 「そうか? お前は可愛がれるのに――か?」 「澤井派の中心であるあなたが。どう言う風の吹き回しなのでしょうか。裏があるのでしょうか。彼を翻弄して潰そうとでも?」 「そんな風に見ているのなら、それまでの男と言うことだな。吉岡」 「あなたの心の内は計り知れない。素直に受け取れないのですよ。あなたの好意は」 「そうか? お前が思う以上に、おれは素直なのだがな」 「では、戯れではなく本気と言うことですか?」  澤井は愉快そうに吉岡を見返した。 「おれは息子(あれ)を好いている。お前ならわかるだろう? おれの気持ちが。——あれの父親とを持っていたのだ」  吉岡は動ずることなく、そのまま澤井を見つめていた。 「カマをかけて聞きだそうと?」 「いや。知っている。事実だと」 「根も葉もない」 「否定する気か」 「死者を冒涜するのですか? そこまで父親《保住》さんが憎いのですか?」 「吉岡」  澤井はテーブルを叩いて吉岡を睨む。 「それはお前への台詞だ。あいつの気持ちを受け取ったのだろう? 無かったことにでもする気か。お前の気持ちはそんな浅はかなものか」  澤井の根気に折れるのは吉岡のほうだ。彼は視線を伏せた。 「あなたには隠せないと言うわけですね――?」 「そうだ」 「あなたも保住さんがお好きでしたか」 「それを口にすることも憚られる立場にいたからな。無理だったが」 「だからと言って彼を擁護するなど」 「父親の代わりではないと言った。おれは息子(あいつ)そのものを好いているだけだ」 「本気ですか?」 「少しの間だが、付き合わせたこともある」 「あなたって人は」 「だから。お前には言われたくないな」  吉岡は黙り込んでしまった。

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