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第22章ー第204話 守らなくてはいけないもの
星空がきれいな夜だった。槇たちとの会合を終え、保住は外に出ると大きく伸びをした。
「保住さん。どうしてお二人の関係を知っていたのですか」
田口は慌てて後を追う。
「別に。……知らないけど」
「どういうことなんですか」
追いついてから、ほっとして横を歩く。保住はつまらなそうな顔をしていた。
「もっと面白いことになると思ったのに。それとも、これからなにか仕出かすのだろうか? 槇という男は」
「保住さん」
田口は呆れる。自分としてはハラハラものだったのに、結局は彼にとったら大したこともない会合だったということだ。
「お前が同級生と言っていたのを聞いたからな」
「それとこれとは、どういう関係が」
「お前さ」
保住は立ち止まると、面倒そうに田口を見る。
「めんどくさい」
「また! そんなこと言わないでください。おれは頭緩いんだから、いろいろ教えてもらわないとわかりません」
田口が困った顔をしたので、保住は説明を続ける。
「ここまで結託してやるか? 同級生が。ただ事ではないと思ったから、かまをかけただけだろう? 二人の関係を見るに、槇のほうが強いのは一目瞭然だ。だから、野原を攻め立ててみた。そしたら槇はたまらず割って入ってきたではないか。かばうだなんて。深い関係に違いない」
「本当。あなたって人は」
「ハッタリは必要だ」
「澤井さんとの関係を知られているではないですか。保住さんの方が部が悪いのではないですか。あの人たちがこの件を伏せておくのでしょうか」
「別に構わない」
「そんな」
保住は田口を見据えた。
「おれが気にしているのは、お前のことだけだ」
「保住さん」
「人の色恋なんてその時だけだろう。澤井とのことはもう終わったのだ。おれには関係ない。今はお前だ。お前とのことを勘繰られなくてよかった」
自分とのことについて、気を使ってくれているのだ。田口は内心嬉しくなる。しかし保住はそんなことまで気がついていない。
「それから槇に述べた理由は最もらしくて上出来だ」
――理由? ああ、澤井から託されていると言ったことか。
「あ、ありがとうございます」
「頭緩いなんて言うな。お前は優秀だ」
田口は苦笑した。
――褒められたのか? 褒められたのだな。
「じゃあ、頭撫でてください」
「え? 撫でるって?」
意味がわからないが保住は田口の頭を撫でる。保住の手の温もりは田口を幸せにしてくれる。不安が払拭されていくのがよくわかった。
「ありがとうございます」
「お前の喜ぶことがいまいち理解できない」
「そうでしょうか。すべて喜びます。あなたに触れられたら」
「……付き合いきれん」
歩き出す保住を追いかける。
「しかし、あんなことで大人しくなるものでしょうか」
「さあどうだろうか? 少しはなるかもしれないが……。安田が引退をして槇が市役所を去るまでか、もしくは澤井が逃げ切りで退職するまで続くかも知れないしな。ああ、風向きが変わって二人が結託する時が来るかもしれないな」
保住は半分、楽しんでいるようだった。田口は心配で仕方がないのに。
「澤井さんに報告したほうがいいのではないですか」
「そんなことはすることない。こんなちっぽけなことで失脚するならそれまでの男だ。おれは関係ない」
ふと見せるちょっとしたその横顔を見ると、心配そうな色が滲んでいた。彼は口では楽しんでいる風にしてはいても、やはり澤井のことを心配しているのだ。私設秘書である槇が企んでいたことは保住とのやり取りで収められるほど、そう重大なものではないのかも知れない。
田口からしたら、彼が提案してきた主語がわからないので、内容は半分程度しか理解できなかった。
――槇さんは、「なに」を失敗しろというのだ?
だが、きっとそれは澤井の進退に直結する大事なのだ。もちろん、保住はそんな意図的に事業を失敗するなどということを受け入れるわけがない。だから、最初から槇の読みが甘かっただけなのだが――。
保住の性質をよく理解し、そして、彼に見合った条件を持ち掛けないと、交渉はうまくいくはずがない。今回の場合は、保住の一番嫌なことを、槇は持ち掛けたのだ。当然、突っぱねられるだけの話だ。
槇という男は、保住を理解していないだけなのか、それともただのバカなのか――。
一緒に付き従っている野原は、槇ほどバカではない。むしろ賢い人間であると思っている。だから余計に違和感を覚えた。
――なぜあの課長は、あんな男と一緒に行動しているのだろうか。
どう見ても不釣り合い。
こんな安易な交渉に野原も同意しているのだとしたら――野原という男も、そう賢くはないのかも知れないと思った。
だがしかし、保住の評価を低く見積もっている点や、こういう安易な行動を起こす二人に、田口は腹が立った。
彼にそんなことを提示する槇という男、田口に取ったら許すまじき人間だ。
「おれは、あの人たちが許せません」
「田口」
保住は田口を見上げた。
「おれと一緒にいると、見なくていいもの、関わらなくていいものに巻き込まれる。すまないな」
「いいえ。どこまでもお供します。遠慮しないでください」
田口はそっと保住の手を取った。それから、指を絡ませてぎゅっと握りこむ。そのしぐさに反応するのか。恥ずかしそうに保住は俯いた。
「お前のことだけは傷つけたくない。それに、傷つけられたくない」
「保住さん……」
「お前との関係を恥じているのではない。ただ。お前が誰かに傷つけられるのは許されない」
「それは……」
田口は星空を見上げる。
「おれも同じです」
だから秘密なのだ。二人の関係は。守らなくてはいけないのだ。
もう九月も終わりに近い。秋の匂いがする。あっという間に時間は過ぎ去る。
――いつまで保住さんの側にいつまでいられるのだろうか。
秋の夜空は星が綺麗に瞬いていた。
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