231 / 242

第26章ー第231話 おれではだめですか

 散々だった。結局、見合い相手の優愛は逃亡。  与えられた時間いっぱいに引き延ばして物産館の玄関口に行き事情を話した。青ざめた母親には怒られ、田口が悪いことをことしたみたいじゃないかと思った。  女性は苦手だ。総務の女子たちも苦手だけど。ともかく何度も頭を下げた。 「すみませんでした。止められませんでした……」  殴られても仕方がない。そう思うが。義一郎は苦笑いをして、逆に頭を下げた。 「いや。これはおれの責任だ。彼女に好きな人がいるということはみんなが薄々知っていた。優愛の父親がすごく心配してな。ちゃんとした人との縁談進めれば、なんとかなるんじゃないかって。そう思っていたようだった。こういう行動を起こすきっかけを作ってしまったのは、おれたちの責任だ。まあ、行先は知っているから。心配しなくていい。むしろ、銀太を巻き込んでしまって悪がったな」 「おじさん。行先知っているんですか」 「彼氏の住所は知っている」  なんだかほっとした。これで本当に行方知れずだったら困る。  「咲良ちゃん、すまながったな」  義一郎は母親にも頭を下げる。 「いや。家はその……別にいいですけど」 「銀太も、仕事まで休ませて悪かったな」 「いいえ。おれは。構いません」 「ちとあいつの父親に連絡してくるわ」  義一郎はそう言うと公衆電話に向かって歩き出す。それを見送ってから母親はため息を吐いた。 「なんだか私ら、踊らされてるみたいね。意味わからないわ」  さすがの彼女も疲れたようだ。両手いっぱいの荷物を持っていれば、それは疲れるだろうな。そんなことを考えながら田口も苦笑いだ。 「母さん。結婚とか、交際とか人のことに首突っ込むとろくなことにならないんだから。おれはおれで考えてっから。こういうのは勘弁して」 「あんだ。本当に考えてるの?」 「……考えてるって。紹介できるかどうかは約束できないけど、きっと……いつか、おれの大切な人。紹介すっから」  「そんな冗談言って……」と言いかけて、母親は言葉を飲む。田口の横顔を見ていたら、嘘でもないと理解できたようだ。彼女は微笑みを見せた。 「あんだ。いい顔するようになったよ」 「そう?」 「うん。いつまでも子供じゃないよね。わかってはいるんだけど。……楽しみに待ってるね」 「うん」  田口は頷いてから鉛色の空を見上げた。 ***  結局、母親たちを新幹線に乗せて見送り、自宅に帰ってきたのは夕方の18時を回っていた。玄関を開けると誰もいない。  ――保住は残業だろうか?  そんなことを考えていると保住が帰ってきた音がした。 「お帰りなさい、保住さん」 「ただいま」  彼は浮かない顔をしている。仕事、大変だったのだろうか? それとも、お見合いのことを心配してくれていたのだろうか?  どちらかもわからないので、とりあえずはお見合いの結果を報告することにした。 「大丈夫でした」 「大丈夫とは。うまく断ったということか?それとも……」  上手くいくわけがないのに、「それとも」という言葉に笑ってしまった。 「断ったというか。元々、おれなんて眼中になかったです」  田口は床に座り今日の一連の出来事を説明した。ネクタイを緩めてソファに座っていた保住は、ふと笑みを浮かべた。 「おれって、いつもこういうことになるんですよね」 「自分で言っているのでは始末が悪いな」  保住は笑う。 「何故だろうか。お前が関わると、なんだかこういう結末が多い」  「そうですね。結局、おれが貧乏くじを引いて終了ってことですよね」 「貧乏くじか」  彼は首を横に振った。 「貧乏くじではない。お前のキャラがそうするのだろう」 「どんなキャラですか。おれは、結構、真面目に真剣に生きているのですよ」 「それは理解している。だからだ。お前の持って生まれたものだ。みんなに好かれて大切にされる」 「今まではどっちかといえば、嫌われるほうだったんですけどね」 「おかしいな。嫌う奴らは見る目がないのだろう」 「そうでしょうか」  保住と出会ってからだ。きっと――。  彼と出会ってから。  色々なことが動き出して、転がり出して。  自分の人生は広がっている。  自分を支えてくれる人たちに出会えて。  じーっと彼を見据えると保住もまた、田口を見返した。 「なに?」 「ぎゅっとしていいですか?」 「田口?」  田口はそっと、側に行くと、保住を抱き寄せた。 「やっぱり、保住さんがいいです」 「……何度も言うようだけど……。本当におれでいいのだろうか」  どうしてそんなこと。  田口にとったら、彼以外はない。  絶対にないのだ。  そんなことは、無意味な質問なのに。  ――どうして不安がる?  田口はきょとんとして、それから保住に問い返した。 「保住さんは、おれではダメですか?」  田口の問いに、問うた方の保住が慌てる。 「いや。そうでは……」  一瞬、目を見開いてから、ふと瞳の色を緩めた保住は苦笑した。 「バカか」 「へ? すみません。おれ、バカで……」 「違う。お前ではない」  保住は自嘲気味に笑うと、田口の襟ぐりを捕まえて引き寄せた。

ともだちにシェアしよう!