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第4話

もう随分と使い古したキーケース。 隣に女性でも乗せるようになれば買い換えようとも思うのだが 今の所そのような予定はない。 女性と関わることといえば…昼休憩に立ち寄る○ーソンの店員か職場の連中くらいであるわけだが、 どちらにしろこの先深い仲になりそうな奴なんか存在しない。 職場の人間でさえ下の名前が曖昧なようではどうにもならない。 ライトを点灯させ、芳香剤では消しきらなかった煙草の匂いを外へ逃がすため 少しだけ運転席側の窓を開けて。 渋滞のピークなどとうに過ぎているがらんとした道を暫く走れば ぽつ、ぽつとフロントガラスに滴が散った。 雨が降りだしたようだ。 …そういえば佐々木は自転車だったが、コンビニから家まではどのくらいの距離なんだろうか。 あぉいや、何となく気になっただけだ。 勿論、自分には微塵も関係のない事なのだから。 自宅までの走行時間はほんの10分程度でありながら、それでも変化に気がつく程強まっていく雨脚に 佐々木の走り去っていく後ろ姿を思い出す。 教科書や学校で必要なものがダメにならなければいいが。 そして佐々木本人も、もし風邪なんかを引いてしまっては困る。 毎日の仕事疲れを癒す存在であるあいつが居なくては1日が終わった気がしない。 休む間もなく動き続けるワイパーに、悪くなっていく視界。 エンジンを切る頃には、いよいよ本降りになるといったところだった。 足場が悪く、月の光もない中で 切れかけの玄関灯を目指して足を進める。 両親の残した広い家は、自分一人が暮らすには少々広すぎた。 鍵を開ければ冷たい空気が広がり、 リビングまでの廊下を歩いても、壁を手探りで叩きつけて何とか電気をつけても、無駄に大きなテレビの電源を入れても、 そこにいるのは一人。俺だけ。 もう、随分と慣れたものだ。 わざわざ誰かを家に呼び込もうとも思わない。 寂しいなんて感情は、家族と共にどこかへ行ってしまったようだ。 多少虚しくはあるが、それとこれとは違う。 自分の背よりも高い大型の冷蔵庫の下半分だけに所せましと並べられたビールとエナジードリンク。…と、酒のつまみが少し。 何とも不健康なものだと自分自身に呆れてしまう。 だが独身男の一人暮らしとは 結局はこんなもんだろう。 500mlの缶ビールと昨日ラップをかけておいた鯖缶を出し、テーブルの上に雑に並べれば 丁度真正面に位置する液晶が、同部署の社員の話題によく出るお笑い芸人を映し出し、他の出演者の笑いを得ながら楽しそうに漫才をしている。 それを暫くボーっと眺めて、電源を落とした。 こんな訳のわからないものを見て、 腹を抱えて笑っている奴の気がしれない。 ふざけたことを言って頭を叩いて、 それで稼いでいる奴らと俺とでは全く生きる世界が違う。 だからと言ってそれが羨ましいのかと聞かれれば それも違うわけだが。 何を考えるでもなく、何を悩むでもなく過ごす毎日。 室内が無音にならないのは、泡の弾ける微かな破裂音と、アルミの灰皿に箸が当たる間抜けな音だけ。 明日なんて見たこともないのに、どうせ押し付けられるであろう雑務のために、 持ち帰ったUSBをノートパソコンに接続して睡魔と戦い仕事を進めて たった一人、今日を終える。 明日も雨が降るのだろうか。

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