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第12話

再度言わせていただくが、俺は別に驚いていないわけじゃない。 むしろ驚きすぎて言葉が見当たらないだけなのだ。 だが、死にかけの表情筋と絶望的な口下手がタッグを組んだ結果が この堂々たる受け入れっぷりというわけで。 「ご馳走様でした。 ……さてと、ぼちぼち戻りましょう?」 しばしの沈黙を断ち切った法月は、誰もを魅了するキラキラの笑みを浮かべて静かに立ち上がる。 空になった器には、俺の食ったパンの空袋をしっかり詰められていた。 「……あ、悪い…。」 食べ終わったゴミくらい自分で片づけられるのに…。 そうも思ったが、どうせ同じ場所に捨てに行くのならわざわざ付き添う必要もない。 軽く頭を下げ、すらりと伸びる法月の背中を眺めた。 身長は俺と並ぶくらい……あるし、顔も良くて誰に対しても愛想がいい。 それに加えて人のやりたがらない難儀な仕事もこなせる、誰もが認める優秀な社員。 そんな職場のスター的存在の法月が、どうして俺なんかを…? なんて、いくら考えた所で本人以外にはわからない。難しいことからは目を背けたい性分だ。 そこから職場へ戻る間は、特にこれと言った会話もなく、再び強く降り出した雨に抗う術もなく。 慣れた運転さばきすら女性を虜にしそうな様を、後部座席で観覧した。 びしょ濡れの俺達に慌ててタオルを持ってきてくれた女性社員の皆には、今度礼の気持ちにデザートでも買ってこようか。 …法月という君達のアイドルをこの雨の巻き添えにした詫びの品、の方がしっくりきそうだが。 いや、普段まともに会話もしない俺が急にそんなことをすれば不審に思われてしまうだろうか。 「わざわざありがとうございます、先輩方の綺麗なタオルを汚してしまって申し訳ありません…。」 「いいのよ~!法月君が風邪を引いたら大変だもの!」 「そんなそんな。今度お礼と言っては何ですが近所のケーキ屋で何か買ってきますよ。 あそこのケーキすごく美味しいんです。」 「うそ~!そんな気を遣わなくたっていいのに~!」 ……俺が悩んで何も言えない中、すぐ隣はこれだからな。 気を遣わなくたって~とか何とか言っておいて、完全に貰う気満々の顔をしているじゃないか。 謙虚なんだか貪欲なんだかわからんな。 別の社員からタオルを受け取り、「すまない」と一言謝りを入れて自らの肩を払う。 謝罪の理由は人様のタオルを汚してしまう事ではなく、法月に渡してやりたかったであろうそれを 俺に渡すことになってしまってすまないといったところだ。 午後からの業務は提出日の迫った書類の仕上げや取引先へのメール作成だけ。久しぶりに定時で会社を出るのも夢ではないかと思った矢先に降り掛かるトラブルや頼まれごとの嵐。 あぁ、やはり考えが甘かったようだな。 何故か隣の部署の応援に呼ばれた俺がようやく自らのデスクに戻る頃には、とうに定時時刻が過ぎていた。

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