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第32話

「大丈夫だ、怖くないから。大丈夫だから。」 ただ、その言葉を繰り返した。 暫く背中をさすっていれば、浅い呼吸を繰り返していた佐々木も少しずつ落ち着いてきたようで。 大きく息を吐き出して、暗いせいでよく見えないが、消えそうなほど繊細な影がこちらに振り返る。 「……はぁ…。すいませ、竹内さん俺……っ。」 「謝るな。誰にでも苦手なものや怖いものはあるだろう。…落ち着いたか?」 「……はい。ほんと…迷惑かけてばっかで…。」 「いいんだよ。甘えろと言っただろう。 …風邪ひく前に、身体拭いて服着ろ。立てるか?」 佐々木の目にも見える距離へ左手を差し出すと、止まらない謝罪を呼吸とともに繰り返しながらも、手を取ってゆっくりと立ち上がる。 足取りはしっかりしていたので、近くに置いておいたバスタオルを渡した。 「ここで待ってるから、着替えが済んだら呼んでくれ。食えそうなら飯にしよう。」 手を離し、脱衣所へ佐々木だけを残す事に躊躇はしたが、向こう側から布擦れの音が聞こえた所でようやく少しだけ安心出来た。 俺にとっては、コンプレックスである身長が昔からのトラウマであるように、 佐々木にもきっと、こうなった理由があるのだろう。 何年も前のあの日、彼はボロボロの姿で俺と出会っているのだから。 同部署の社員に無理矢理入れこまれたグループでは、データの保存状態を心配するやり取りなんかが凄まじい速度で繰り広げられている。 そもそもこんな天気なら、やりかけのまま放置するんじゃなく電源を落とすのが筋だと思うのだが。 その都度USBメモリに入れて自宅で進めざるを得なかった俺としては、むしろいい気味だ。だが大っぴらに出来る事では無いので、顔面蒼白の絵文字を連投する同僚の焦りっぷりを追いかけた。 頼むから、出社して飛んでいたとしてもそれを俺に押し付けたりはしてくれるなよ。 スマホを眺めていると、控えめに背後の扉が開く。 「お、待たせしました…。」 「…あぁ。行くか。」 俺達を導く明かりなど何処にも無く、暗闇の中では身長差なんて誰にも分からない。 視覚という感覚を遮断された中では、随分と今の佐々木は小さく思えた。 リビングまでの道筋を小さなライトが照らし出し、一歩、また一歩と慎重に足を進める。 硬く握られた佐々木の手は冷たくて、多分俺より少し大きい。 まだ小刻みに震えているそれを肌で感じると、平気なフリで通そうと強がっているのが伺えるが……まあ、バレバレだ。 「…ついたぞ、テーブルで打たないように気をつけろよ。」 「…はい、すいません。」 ソファまで誘導し、腰を下ろしたのを確認すると 冷たい弁当と焼き鳥を手に、もう一度問いかけた。 「……食えそうか?無理はしなくていい。」 「…でも竹内さん腹減ってるんじゃ…。」 この状況で俺の心配とは。 人の良さを随所で滲ませる佐々木に思わず感心してしまう。 「俺はタルトを貰ったし。普段から晩飯なんて食ってないようなものだから構わない。」 佐々木は暗い中でもわかるほど 深く、深く頭を下げた。 「……ません。今は…食える気しないっス…。」 そうだろうな。 このまま置いておくよりは、まだ保冷効果があるだろう。袋ごと冷蔵庫に押しやるが、下段は酒とエナジードリンクがかさばり上手く入ってくれない。 仕方なく缶は冷凍庫に詰め込んで、佐々木の座るソファに自身も腰かけた。

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