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第61話

手に持っていたコーヒーを恐ろしいスピードで飲み干す男の横顔を、俺はただただ見続けた。 スプーンまで使ってパスタを食う上品さはどこへ行った。今の法月は3秒で牛乳瓶を空けるハイスペック小学生と似通うものを感じるぞ。 辞めてくれ。 飲み終えた缶を捻り潰すのはよせ。 とてつもなくコンパクトにされてしまったコーヒー缶が、どうかスチール製ではありませんようにと願うばかりだ。 「では、コーヒーもご馳走になりましたし、竹内さんを惑わす子供を見る事も出来たので今日は失礼しますね。」 法月は完全に手のひらに収まるサイズに折りたたまれた空き缶を、すぐ傍に設置されたゴミ箱へ器用に投げ入れる。 …一瞬見えた表示、円かった気がするんだけど。三角じゃなかった気がするんだけど。 お前実はゴリラなのか。そうなのか。 入社1年目のゴリラに仕事のスピードで負けるのか、俺は。 「竹内さん……。」 「……あ?」 神妙な面持ちのゴリラに見つめられ、反射的にこぼれた声は全く愛想のないものであった。 いや、愛想がない事はない。多分これは俺の通常なのだ。ここ最近になって急激に、法月と話さねばならない事が増えすぎて若干麻痺しただけだ。 「また犯罪に…手を染めてしまうなんて…っ。」 わざとらしくハンカチまで取り出して何を言うかと思えば。 俺がまた? 犯罪に手を? 染めるだと? いきなりなんて物騒なことを言い出── 出──……? あ。 …………。 「……や、てしまっ………。」 「大丈夫です。世界が竹内さんを許さずとも、僕は何度でも貴方を許しましょう。」 神のゴリラなのかお前は。 勘弁してくれ、憐みの目で俺を見るんじゃない。 「……誰にも言わないでくれ。」 「言いませんって。」 法月は胡散臭い笑みのまま、さっさと車に乗り込んだ。静かな中でも重みのあるエンジン音が芯を震わす。 本当に信用しても良いのか。いいんだな、するぞ? 明日以降俺が社会的に抹殺されない事だけを祈り、颯爽と走り去っていく高級車を見えなくなるまで目で追った。 ──さて。 問題はここからどうするかだ。 念の為天気予報アプリを開いて確認してみるも、今日この後雨が降る予定は1%も無い。 佐々木は自転車で来ている。それは俺のこの目で確認済みの事実だ。 …ということは、俺はどうすれば良いんだ? わからないぞ。俺の車にあのサイズの自転車は乗らん。 そもそも佐々木は俺の家がわかるのか?あの真っ暗な大嵐の中と今とではかなり景色も変わるだろうが…。 『バイト終わったらソッコー向かうんで! 何か欲しいものあれば送っといてください!!』 ……などという俺の考えはお見通しなようで、佐々木から届いたメッセージに胸を撫で下ろす。 欲しいもの、か。ビールと煙草は…いくら自分のバイト先とはいえ購入するのは難しいだろうか。 正直俺はその二つがあれば難なく生きていく事が可能なのだが、生憎佐々木はあんな見た目でもまだ高校生だ。 『タルト』 それだけ送ってポケットにスマホをしまえば、ついでに手が触れたキーケースを取り出した。

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