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第68話

普段はテレビなど付ける気にもならないが、佐々木との距離が物理的に近づいた事でどうしようもなく早まる鼓動を誤魔化すには、画面越しの馬鹿らしいトークを聞いていた方がまだマシだ。 薄い布たったの1枚でいつものソファではないような気がするし、隣から香る自分ではない匂いがやはり俺を落ち着けてはくれない。 でも佐々木のそれは…心地よくて、嫌いじゃないんだ。 佐々木の匂い、な?匂い。 人の体臭なんて好んで嗅ぐものでもないから、単に俺以外の香りが新鮮なだけなのかもしれないが…まあそれはいいとしよう。 なんて自分の中でお得意の独り言をつらつらと唱えていた時だ。 「つか竹内さんいい匂い。」 「…は?」 心の中でも読まれたかと思った。 「…風呂上がりだからな。」 ……ん?という事はもしかして風呂に入る前の俺は臭いという事、か? え、やっぱりそろそろ加齢臭とかしてくるものなのか? …自分で言って切なくなる。 「あ、いや別に普段の竹内さんの匂いも好きっスよ?」 だからお前はエスパーなのか。そして気を遣わせてしまった。 俺の考えた事を次々口に出し、答えてくる佐々木が怖い。 あと近い。 いい匂いだとか言い出した辺りから気付いてはいたのだが、それはそれは恐ろしいほどに自然な距離の詰め方をされ、いつの間にか目の前に佐々木の顔がある。 佐々木の匂いが鼻を掠め、佐々木の瞳に俺が映る。 ………いやいやいや、意味が分からない。嗅ぐな、おっさんだぞ。 俺はお前の好きな男とは……違うだろう。 相手を間違えるな、馬鹿野郎。 「…長風呂しました?顔赤いけど。」 誰のせいだと言ってやりたい。 熱を冷ます方法なんて簡単だ、お前から離れればそれだけで解決だ。 吐息すら感じられるこの距離を、流石におかしいとは思わないのか。そんな事ばかりしていると好きな男とやらに誤解されるぞ。 佐々木にそのつもりがなくても期待してしまう奴が何処かに居るかもしれないだろうが。 「あぁ…まあ。」 慌てて目を逸らし、適当な返事をした。 佐々木の瞳にこれ以上惹き込まれてしまうのが怖くて、佐々木にこれ以上頭の中を滅茶苦茶にされるのが怖くて。 逆方向を向いてしまえば、佐々木の顔は見えないし佐々木の匂いも薄まる。 なのにそれがまた、俺の心を乱した。

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