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第85話

皆さんどうもこんばんは。伊織です。 伊織って誰だよって?そりゃそうだよな、竹内さん俺の名前呼んでくれねえし。 メッセージアプリには名前で登録してあるんだから、そろそろこっちで呼んでくれたっていいんだけど。 そんな訳で、佐々木です。 俺は今── 修学旅行で広島に来ています。 あの日から、竹内さんには絶賛既読無視され中っス。正直マジしんどくて死にそうだった。これまで売られた喧嘩はしっかりお買い上げ、それどころか戦闘不能になるまで木っ端微塵にしてきてやったっつーのに、これは予想外っつーかなんつーか。 仕掛けてすら来てくれない、毎日寄ってくれたバイト先にも顔を出してくれないとなると、俺にはどうする事も出来なかった。 ちょっと押したくらいですぐ逃げるなんてひでぇよ竹内さん。だってあんなに…気持ちよさそうだったのに。 ここから更に追い討ちをかけて家凸でもしたら、今度こそ二度と会ってくれなくなるような気がして。 俺とした事が…なんつー意気地なしなんだと頭を抱える毎日。 そんなここ数日を過ごし、あれよあれよと言う間に竹内さんとは物理的な距離まで開いちまった。 勿論竹内さんは、今俺が広島にいるなんて知らない。連絡返してくれたらすぐに言うつもりだった。でも、何を送っても電話をかけても無視されまくるんだもん。どうしようもねえ。 せめて土産でも買って行こうかと思ったが、そもそも竹内さんの好きな食べ物とか知らなすぎる。 タルトは美味そうに食っていたが、それだけで甘党と決めつけるには早すぎるし、だけどそれ以外で俺の記憶してるものなんて…酒のつまみばかり。 俺が何か変なもんでも買って行った日にゃあの死にかけの表情筋が完全にぽっくり逝っちゃうって事もあり得るわけだ。 誰のためでもない、自分のために購入したもみじ饅頭をポケットに潜ませて夜の町を歩いた。 …そう。夜遅く、消灯時間を過ぎた今。 俺はこっそりと旅館を抜け出して見知らぬ土地でのひとり散歩を楽しんでいる。 ちゃんと相部屋の奴には裏口と部屋の鍵を開けてもらうよう伝えておいた。教師の部屋からも遠く離れていたのだから、もし寝こけていたとしても鬼電しまくればこっちのもんだ。 これぞ、修学旅行の醍醐味ってやつ? 饅頭を一つ口に放り込んでひたすら続く一本道を歩けば、俺のよく知る緑のライトを煌々と照らすある建物が目に入った。 そういえば喉も乾いた気がするし、ちょっくら寄ってくか。 踏み出す足に力を込める。 と、入り口のすぐ横……スタンド灰皿の置かれているあたりに、なにやら小さく蹲る人影が見えたのだ。 ヤニ中の酔っ払いか何かかと、初めは気にも留めなかった。だが、一瞬ちらりと目を向ければ俺の思考は完全に停止した。 こんな場所に、居るわけないのに。 普通に似た人ってだけかもしれない。そうでもなけりゃ、俺の目が腐ってるだけ。 彼を求めて、そこら中の人の顔がそう見えてしまうだけなのかも…。 「…あの、大丈夫……スか。」 「ん、んぅ…?ささきぃ?なんれ、おま…こんなとこ、いるんら…?」 俺は、夢でも見ているんだろうか。

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