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第103話

「昨日の事、思い出してくれた?」 「いや全く思い出していないしそもそも知らない俺は会社のアレであのその法月と旅館に来ていた筈であのアレが日本酒がキツかったものでその酔いを覚ましにコンビニにだな。」 「あのー、今のは心の声スか?それとも言い訳?照れ隠し?」 どれでも無いわ状況説明だこの馬鹿野郎。 ゆっくりとこちらに迫り来る足音と、妖しく響く声。 ついに耳の直ぐ後ろで気配を感じ、堪らず強く目を閉じた。すると、俺の指に挟まれていたものがスポッと抜き取られる。 「まったく。何でもいいっスけどベッドの上で煙草禁止ー。火落ちたら危ないじゃないスか。」 「ん、あぁ……す、すま、すまん…。」 「っはは、カミカミじゃんw」 今取られたのがもう片方の手に握り締められたテッシュだったら、今頃俺は高校生の精子収集おじさんになるところだったのでは無いだろうか。 佐々木の一挙一動にここまでの恐怖を覚えるとはな。後ろ暗い事をするというのはろくなもんじゃない。 「俺が顔洗ってる間にこんな吸って…いつもこうなの?身体に悪いスよ?」 「それ俺に売ってるお前が言うか…。」 「だってー、売ってあげなきゃ暁人さん店来てくれねーじゃん。」 「うっ……それは、だな…。」 にしても名前を呼ばれるのは落ち着かない。 今まで…そう、つい最近までまともに話した事さえ無かった間柄で、苗字で呼ばれる事にも少しずつ慣れてきた所で…いやむしろよく一お客の苗字なんか覚えていたものだと感心してしまうのだが。 それが下の名を知った途端、こうも自然に呼べるものだろうか。 俺なら無理だ。昨夜の俺は知らん。あれは俺じゃない。 「あーきとさん?また何か考えてる。 俺に言えないような事?」 そして後ろから回される、随分と長くて包容力のある腕の力強さと言ったら。 まだ成長期であるこの年齢でそれなら、俺の歳になればお前軽く2mくらい越しそうだな。 ってそんな事より!! 距離感が少しどころか物凄くおかしいんじゃないか??! そのせいでまともに言葉も発することが出来ないでいる俺の気持ちを考えたらどうだ。 「…っ、お前って…やつは本当に……!!」 …いや、違うな。考えてみればおかしいのは自分ではないのか? もしも。もしもだ。昨日のアレが夢ではなく現実だったのだとするならば。 この目で見た光景と全て繋ぎ合わせてしまうのなら。 身体も心も通じ合った者同士、距離がどうこう言う事自体筋違いな気が…してきた、ぞ……。 はぁ…最悪だ。 これは、本当にダメなやつだ。冗談じゃ済まない方。 例えば相手が法月だったならまだいい。 勿論良くはないのだが、あいつは俺と同じく大人で、娘もいるのだから一通りの幸せは経験してきたと思われる。 だが佐々木は違う。これから先、いくつもの未来が選べる中で俺みたいな歳上の男が縛り付けて良い訳がないだろう。これは早いところ佐々木に目を覚まさせる必要がある。 くっ…仕方ない。この場は一旦、不本意ではあるがアイツに頼らせてもらうとしよう…! 「あ、お…俺な、法月と二人で来ていてだな。言っていなかったが実は法月の事が……ん?娘……?既婚者相手って事か?ッッ、結局犯罪者じゃねぇかよ!!!」 「は?何言ってんの?」 更に罪を重ねる所だった。 俺の脳は一体何処までバグってしまったのだろう。 ため息混じりに振り返り、肩の向こうの人物に目を向ければ…… そこには、固まった笑顔を張りつけたバスローブ姿の男がいた。 一先ず、誤解を生ませる事には…成功した、らしい。 うん。何をしているんだ?俺は。

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