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第104話

佐々木から向けられる無言の圧力に動揺を隠しきれずにいると、突然軽快なメロディが部屋中に響き渡った。 聴き慣れたそれは自分のスマホから鳴っているもので、名前もろくに確認しないまま反射的に手を伸ばす。 今のこの状況から救い出してくれる唯一の手札だ。顧客か親か友人か、もう何でもいい。開口一番に君はスーパーマンだと言ってやろう。 そう思って口を開いた瞬間だった。 『あ、おはようございます。すみません…まだ寝てましたか?』 「君はス…んごッ。」 『早朝から褒めていただけるとは。何か良い夢でも見たんですか?』 そうだよな、お前だよな。わかっていたさ。 流れるように口走りそうになったそれを引っ込めれば、お約束の如く盛大に舌を噛む。 まるで不倫がバレた修羅場じゃないか、どうして冷静な普段の俺になれない。 額に滲む嫌な汗を拭って、不倫相手…でもない佐々木に視線をむける所まで完璧だ。 “誰?” とか言うな。口パクでもわかるぞ。その真っ黒な目は辞めろ。これ以上余罪を増やすのは辞めてくれ。 「起きてはいた、何かあったか。」 何とか絞り出した冷静な声色。 爆音の心臓と鼻息が電波を通っていかないか恐怖でどうしようもない。無意識に息を吸いすぎたのか、この一言では到底吐き出しきれない空気が肺に溜まって苦しさを覚える。 『あぁいえ。特に深い理由は無いんですがね。 ほら、まだ早いですし露天風呂とかご一緒できないかなと思いまして。』 ……なんだ。そんな事か。 悪いが今お前と同じ敷地の中には居ないのだ。 申し訳ないが少し待っていてくれないだろうか。 俺も今はお前と一緒にいた方がまだ落ち着いていられる自信がある。少なくとも、この未成年が立ち入ることを禁止されている建物で未成年と知りながら佐々木と時間を共にしている状況を脱したい。 心配してくれたみんな、ありがとう。心配するな、今は俺の声は漏れていない。きちんと心の中で留めてあるから問題ない。 すぐ側で耳をダンボにしている佐々木は、なんとも面白くなさそうな顔で俺を睨みつけてはいるが。 「そうだな。少し待っていてくれないか。 1時間くらい…後に、俺が部屋まで行くよ。あまり早すぎても朝飯まで持て余すだろう。」 『ふむ、確かにそうですね。 わかりました。適当に散歩でもして時間潰してます。あっ、そうだ。』 「ん?」 俺はうっかりしていた。 自分の心情を外に出さないことに精一杯で、ここがどこなのかと言う事を忘れていたのだ。 遠くで鳴る音すら拾えてしまう、近代的な薄い高性能機械のスペックを甘く見ていた。 『“帰って来たら”、何があったのか聞かせてくださいね?竹内さん。』 ブツッ。 切ってやった。 返事もせずに通話終了ボタンを勢いよく押してやった。

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