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第125話

全身に溜まった熱が冷め切らないまま 浴衣を羽織って逃げるように部屋へ戻った。 足の痛みにかまっていられる暇もなく 目の奥でガンガンと鳴り続ける頭の鈍痛に気遣えるわけもなく。 一体、今何が…起こったんだ 何なんだよ、あいつは。 今から仕事なんだぞ。行動を共にし、帰りだって指定席で隣同士だ。 どんな顔、したらいいんだ。 折角いつものような明るいメッセージを送ってくれた佐々木に、どんな顔して会えばいい。 …どうしてこんなに、辛いんだ。 快感に抗えず、反応してしまった身体を許せない。 一度は断る事が出来たのに、強引さにつられてしまった情けない心が許せない。 何より、人を傷つける事しか出来ない自分が許せなくて 悔しくてたまらない。 目に逆らってカリカリと畳を引っ掻きながら 法月の言った通り左右で太さの違う足首を見比べて、目を閉じる。 もういっその事法月と関わりを絶ってしまえば気は晴れるだろうか。 佐々木の連絡先を消してしまえば、悩む事も無くなるだろうか。 これまでの人生で、多少は色恋を知り 恋が実った喜びも、失恋の悲しみも経験してきたつもりだった。 それなのに、こんなにも苦しいなんて。 法月の事も、佐々木の事も好きなんだ。 種類は違えど、好意を持っているのは本心だ。 失いたくないだけなのに 前へ進むことも、逃げることも難しい。 誰かを好きになることで、こんなに心が痛むなんて初めてだ。 それだけ、今まで上辺の付き合いばかりをしてきたと言うことだ。 結局全部、俺のせいじゃないか。 運ばれてきた朝食は、きっと凄く美味しかった。 だが呑気に味わえるだけの精神の強さは残念ながら持ち合わせていない。 砂を食っているかのような味気のない食事を終え、日の光に目を細めながら煙草に火をつける。 今日ばかりは、食後の一服も全く美味いと思えなかった。 雲ひとつ無い穏やかな空に、吐いた煙がゆらりと歪な円を描いて その様子を、真っ白な頭で眺めて。 その時、控えめに引き戸をノックする音を聞いた。 旅館の従業員が食事を下げに来たのかと慌てて持参していた携帯灰皿に吸い殻をねじ込む。 勿論禁煙室ではないし悪い事をしているわけでは無いのだが、やはり今の時代煙草を嫌う者も多いことは事実だ。 人前で、自慢げに煙草を吹かすほどイキり散らかした輩では無いからな。 しかし従業員にしては、やけに静かだ。 失礼しますだったか何だったか、とにかく一声がかかる筈なのだ。 声ひとつ聞こえないどころか…足音も無い? これは新手の悪戯か?他の旅行客の中に子供でもいたのだろうか。ピンポンダッシュならぬトントンダッシュとは。元気がいいことは素晴らしいが、親もきちんと教育をするべきだ。 世の中には怖い人も沢山いるんだからな。 なんてお得意の独り言を心の中で唱えていると ピシャっと襖が勢いよく開けられたかと思えば、姿もまともに確認できない凄まじい速度で入室してくる大きな男が1人。 「………大変、申し訳ありませんでした。」 見事なスライディング土下座をかます彼の手には、未開封の湿布の箱が抱えられていた。

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