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第129話
降りた駅は、木造の屋根を気持ち程度取り付けただけの無人駅。
ついさっきまで居た場所とそこまで距離も離れていないと言うのにこれだから、都会との差を見せつけられる。
老後は静かに田舎暮らしをしたいとは何度か思った事もあるが、カラオケの一つも無さそうな殺風景をいざ見てしまうとそうも言ってはいられない。
無い物ねだりとはまさにこの事である。
のんびりと足を進めていれば、駅を出てすぐ広がる公道の傍らに1台のタクシーが停まっていた。
乗客と思しき人物が右手を上げ、どうやら此方にそれを振りかざしている。
「竹内さん、もしかしてあの方ですか?」
「…?悪い。目が悪くてな。
白髪頭の眼鏡かけてる爺さんならそれだ。」
「では間違い無いですね。」
俺の覚え方もどうかと思うが、それ以外に特徴という特徴が思い出せないのだから仕方ない。
むしろほんの数回顔を合わせただけで、見た事もない奴が特定出来るだけの情報を与えてやれたことを褒めてほしい。
「ご無沙汰しちょります、竹内さん。」
「どうも。この度は素晴らしい旅館までご手配いただきまして…ありがとうございます。」
徐々に近づいて顔の作りを把握すれば、それはやはり本日俺達をこの地へ呼び込んだ張本人
Y商会の会長だった。
「遠い所から来てくださったんですから、おもてなしはするもんでしょうに。」
「…はは、恐れ入ります。」
挨拶も程々に、チカチカと辺りを照らし続けるハザードに急かされ車内に乗り込む。
助手席へ足を掛ける俺に反射的に手を伸ばした法月だったが、大丈夫だと軽く手を胸の前で立てればほっとしたように目線を会長へと移した。
「初めまして。本日はお会い出来て光栄でございます。部長の代理で伺わせていただきました、竹内の部下の法月と申します。」
「こりゃご親切に…。」
自分のすぐ後ろで交わされる会話にゾクっと背筋が震える。
なんだアイツ。あれが初めて顧客と顔を合わせる奴の対応か?
そりゃ入社後暫くは上も手当たり次第に来客対応だの名刺交換だのいくつもの研修を受講させてはいるだろうが、それにしたって小慣れすぎだ。
水商売に偏見を持つ輩も未だ大勢いるとは思うが、そういった古い考えを持つ全員に法月の完璧な対話を見せつけてやりたい。
だらしないと思い込んでいる100人中100人が、あっという間に態度を改めるだろう。
「もう少し、早くにお会い出来ていれば…。
折角こうしてお話しする事が出来たのに、これが最後と思うと…。」
「の…っ、法月君…。」
いや前言撤回だ。
会社を立ち上げる程のおじいすら秒で惚れ込むこの男を見せつけるだなんて色々恐ろしくて堪らない。
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