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第131話

続いては支店の様子を覗きに行くという、明らかについでだろうと文句を言いたい仕事の始まりだ。 こちらも予め調査項目を的確にまとめた資料を法月がPDFに落として送信していたので、訪問自体はものの10分で終わる見込み。 「…お前来年には俺の給料越してるだろうな。」 「え?突然何をおっしゃるんですか。」 直接関わる機会がないだけで、一度上がこいつのカリスマ性を見抜けば即座に俺のような低学歴の平などすっぽ抜かしていくだろう。 大出世への道まっしぐらだ。あぁつまらん。 そしてまたもや、電車に揺られる長い旅となる訳だが──。 「△△駅まで大人2枚、領収書もお願いします。」 …この男がいれば心配など微塵もする必要がないのだから、なんとも言えないモヤモヤが胸の浅いところにたまる。 二つ程駅を見送ると、窓の外の風景が徐々に街の色に変化してきた。 ようやくショッピングモールも数軒は建ち始める頃だろうか。公道を走る車より、通行人の割合が徐々に増えて行く。 と、久しぶりの有人駅へ電車が止まった途端ぞろぞろと人の波が押し寄せた。 先程話した会長達とは似ても似つかない様々な口調の若者の群れ。 この時期は、やはり修学旅行を組み込む学校も多いってもんだ。 あっちは関西弁、そっちはもう何語かもわからんレベルの訛りが耳に残る。もう少し遠くで聴こえるのは…これは違和感がないな。俺の地元からそう離れていない学校の子供だろう。 スカスカの車両だったのが、たった一駅を通過する間に5倍…いや、下手したら10倍の人口密度になったので息苦しくなるのは仕方のない事で。 引き連れたキャリーケースをさっと荷台に上げる法月を見習い、自身の体重を支えていた持ち手を縮める。 着替えくらいしか詰めていないのでそう重たくは無いのだが、いざ頭の少し上辺りに収納しようと持ち上げたところで…動きを止められた。 俺の気遣いを阻むのは他でもない、法月の掌だ。 「竹内さん、無理はしないでください。」 「いや、これだけ満員じゃ迷惑だろ。」 「そうではなくて。」 何を否定されたのかもわからず、妨げられた掌から順に法月の顔までを愛想のない目つきでなぞる。 一切の汚れも知らないといった清廉の表情で白い歯を見せる法月は、悪びれもなく言い放つのだ。 「ご自身の履いている靴の高さ、自覚してくださいよ。…この状況でバランス崩したらそっちの方が危ないです。 ほら、上げるんでしたら僕がやりますし。」 「…………ぐっ。」 何も言い返せん。クソ野郎。 人の触れられたくない部分をズケズケとコイツは。 自らのキャリーケースのすぐ隣に俺のを並べ、杖のなくなった俺に“代わりにどうぞ”と言わんばかりに大きな手を差し出す。 人と人とで満ち溢れる今ならば、特に目立つ事はないだろう。 マスク越しにもきちんと聞き取れるであろう音を心がけ、一つ立派な舌打ちを打って彼の手を取った。 勿論目立ちはしなかった。 だが、目を光らせている存在に俺も法月も気付いちゃいない。 その時にはもう資料のデータを落とし込んだスマホを眺めて小声で打ち合わせをしたり、俺が出先だなんて知る由もない担当から送られるメールに返信をしたりと、マスクの下は大焦りで口をパクパク動かしていた。

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